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岡田泰紀
2021年3月13日 11:03
「せつなときずな」 6「白猫」の店員は、それは多分20代半ばかと思える明るくて清楚な女性なのだが、いつも放課後に学生服で訪れる刹那とは別人が来たと思った。「こんにちは。今日は学校は休みなんで」このカフェで刹那は初めて自分から口を開き、二重の意味で店員は目を丸くした。「ごめんなさい、わかりませんでした。あんまりにいつもと違うので…綺麗ですね。びっくりしました」誰だって、そんな風に
2021年3月18日 18:49
刹那は、一杯いやらしことをされた。どうして、そうなってしまったんだろう…もうすぐ未成年が終わる今に至るまで、異性を好きになることはあまりなかった。恋という感情が、どこから来るものかもよくわからなかった。母親のサキは恋多き女だったが、その姿からは恋愛感情とは何なのかと想像はできなかった。男子に告られたことも、自分がそんな対象だという噂も耳にしたことは無かった。そもそも、自分の中の女
2021年3月22日 12:59
自分が、男の腕の中で震える日が来るなどと、刹那は想像したこともなかった。それは、他人事だと思っていた。しかし、何故そんな風に思い込んでいたのか、それはよくわからなかった。いや、わからなかったのではなく、避けていたのだ。母親のサキの、できたら関わりたくない男関係を見てきたことで、異性に対する思い入れが自然発生しなくなった。そのことを惜しいと考えたことはなく、今でも後悔はない。寧ろ、林
2021年4月2日 23:36
刹那と林に3年の4月が訪れた。林は刹那と同じで部活動はしていない。週5日、スーパーの生鮮売場のアルバイトの日以外は、林は刹那との時間を求め、そのほとんどを行為に費やした。林の両親は近くで総菜屋を営んでいて、いつも家には遅くにしか戻らない。林の部屋で、若い二人はいつもけだものだった。刹那は、林の両親と会ったことがないが、自分とて、サキに林を紹介する気はあまりしなかった。林はかつて地
2021年4月4日 09:08
独りで終わらせるのか、それとも相談すべきなのか、刹那は2日間だけ迷った。それ以上引き延ばさなかったのは、早目に決断しなくてはならないという焦り、遅くなると取り返しがつかなくなるような、不明瞭な不安に耐えきれなかったからだ。相談するのであれば、母親のサキなのか、もし本当に妊娠しているとすればその父親の林公彦なのか、どちらに先に話すべきなのか。サキなら、どんな言葉が返ってくるのだろうか。林
2021年4月11日 00:09
堪え難い居心地の悪さに刹那は何度も逃げ出したくなったが、サキがいる手前、当事者の自分が逃げる訳にもいかない。それ以上に、サキが一緒にいてくれているから、自制心を保てるのだ。できれば、喜ばしい期待でもって足を運びたかった。風邪やねんざで来ているのではない。待ち合いにいる人の視線が、自分の妄想で凶器のように襲ってくるような不安に変わっていく。恥ずかしくて、もう嫌になる。サキは、いつもの
2021年4月16日 09:19
サキのアクションは早かった。刹那を連れて校長、教頭、担任と5者で面談し、刹那が妊娠したこと、出産予定は在学中になること、相手は明かせないこと、卒業するためにはどのような問題をクリアしなくてはいけないのか、学校側はどんなサポートが可能なのか、それらの確認を淡々と提示した。学校はサキの扱いに悩んだ。何故なら、1年前からサキは、この地方ではちょっと名の知れた存在になったからだ。刹那が中学に
2021年4月16日 23:39
林は、明らかに困惑していた。もちろん、刹那が嘘を言っているなどと思ってはいない。そもそも刹那は冗談を言わない。自分とは違い、浮気などする筈もない。何より、刹那の声は酷く震えていた。今にも泣きそうな、赤くなった瞳も…「私さ…」それでも刹那は、気力を振り絞って林に語り出した。「公彦がどう思うか、もうどうでもいいんだ。私、この子を産むから。…でもね、うまく言えないんだけど、凄く
2021年4月21日 18:25
日曜日の朝、刹那はドレッサーの前に座っていた。サキは久しぶりに、刹那にメイクをしている。これが最後だと、刹那はサキにお願いした。「刹那は」サキはアイラインを引きながら、刹那に初めて感情を聞いてきた「林君だっけ、好きなの?」刹那は答えなかったが、サキはそれで十分と思ったのかもしれない。「まさか、39で孫を抱く日が来るなんてね」「いやだった?」「いやではないけど、まあまあ驚きよね
2021年5月3日 01:13
その日の朝、いつものように公彦の弁当を作っていると、早朝にもかかわらずインターホンが鳴った。刹那が出ると、相手は警察だった。「林公彦さんはいますね?」「いますか?」ではなかった。刹那は来訪の理由も解らぬ、招かざる客に激しく不安を覚えながら、朝食中の公彦のところにかけ戻った。「お父さん、警察が来てる。ねぇ、何かあったの?」公彦は少し驚いたようだが、不安げな眼差しと曖昧な表情を浮
2021年5月3日 01:15
その日、公彦は警察に出向いたまま、帰ってくることはなかった。それはおそらく、望んでいない事態になりつつあることを示している。実家から絆を保育園に迎えに行き、自宅に戻って夕食を作ってはみたが、家の主がそれを口にする機会はなく、二人で先に食事を済ますしたものの、気持ちは定まりはしない。何一つ確かなものが不在であることの不安は、ほとんど恐怖に近い感情になった。刹那は連絡を待ち続けたが、夜中にな
2021年5月4日 10:59
40代とおぼしき、背が高く、一重の眼が無感情を醸し出す担当刑事は、刹那が去る直前に絶望的な助言をした。「林さん、帰ったら身の回りの必需品を早急にまとめ、しばらく家を離れてください。明日の新聞に実名で事件が報じられるでしょう。有名人でもありませんし、過度の傷害や強盗容疑はないとはいえ、多分今までと同じ生活は送れないと覚悟された方がいい。あと、マスコミには一切取り合わない方がいいです。
2021年5月5日 00:38
遅い昼食を終えて、隣の部屋で絆をブロックで遊ばせることにして、サキと刹那は居間で向かいあった。刹那は警察で聞いた、公彦の犯した詳細を話し、逮捕を受けて明日の新聞で実名報道されることを伝えた。サキは黙って聞いていた。刹那の話が終わって、二人は沈黙した。何を話していいのか、二人には皆目検討がつかなかった。しばらく考えた末、サキは重い口を開いた。「お母さんは、こんな時、何を言っていいか
2021年5月15日 23:23
林の両親の電話を着信拒否にしている刹那に代わり、サキが会って話を聞いてきた。サキに連絡があったからだと言う。「あんたの人生だから、私がとやかく言うことはないけど」買い出しに行く以外籠りきっている娘の部屋を訪れて、サキは机の上の離婚届けを手に取った。「終わりにするのはいいけど、話もしなくていいのね?後悔しない自信があるなら、それ以上は何も言わないそれと、聞きたくなければ、お義父さん