「せつなときずな」 第19話
その日の朝、いつものように公彦の弁当を作っていると、早朝にもかかわらずインターホンが鳴った。
刹那が出ると、相手は警察だった。
「林公彦さんはいますね?」
「いますか?」ではなかった。
刹那は来訪の理由も解らぬ、招かざる客に激しく不安を覚えながら、朝食中の公彦のところにかけ戻った。
「お父さん、警察が来てる。
ねぇ、何かあったの?」
公彦は少し驚いたようだが、不安げな眼差しと曖昧な表情を浮かべたまま、何も言わずに玄関に向かった。
刹那は後ろを追ったが、公彦は廊下に出るとドアを閉めてしまった。
小声で話す内容は、刹那の耳には届かない。
しばらくすると公彦はドアを開けて、刹那に振り向くように言った。
「ちょっとトラブルに巻き込まれたから、とりあえず警察に行って話をしてくる」
そう言っただけで、背中を向けたまま刑事とおぼしき男達と行ってしまった。
あまりに突然の出来事に、刹那は不安で気が気でなくなってしまった。
絆は起きていて、テレビを見ながらブロックで一人遊んでいる。
朝食を用意して保育園に連れていかなくてはいけないが、頭の中がパニックになってしまい、何をしなくてはいけないのか皆目検討がつかない有り様だ。
スマホを取ると、震えながらサキに電話をした。
刹那はサキのお膳立てで、絆が幼児保育で保育園に入った2年前から、実家の家業の福原興業のスタッフとして契約社員扱いで働いている。
それ以来、母親のことを「社長」と呼んでいる。
「社長、さっき家に警察が来て、うちのダンナが連れてかれた。
警察もダンナも説明がなくて、どうしよう…」
サキは、シングルマザー専用の賃貸物件を運用する「ハートスタッフ」を立ち上げてから、様々なトラブルを抱えた家族と接することになり、その経験から刹那のからの電話にも冷静に対応した。
「いい?まだ何が起きているかわからないんだから、とりあえずいつも通り、絆を保育園に連れてって会社に来なさい。
不安は仕方ない。待つしかないのよ」
サキは警察に問い合わせたところで、一切答えないことはわかっていた。
それどころか、まだ結果もわからないのに、最悪の状態になることも想定せずにはいられなかった。
自分の婿が、犯罪を犯したとすれば、刹那の人生は一変する。
それは、絆のこれからの人生に、拭いがたい影をおとすことになる。
ダメ元で、一宮署に電話を入れるものの、やはり回答はできないとの冷淡な対応しかなかった。
青い顔をした刹那が出社したが、ハートスタッフを入れても従業員が4人しかいない(サキと刹那も含め)福原興業の小さなオフィスには、勿論社長室などもない。
サキは刹那を連れて商用と断り、事務所を出て、今ではサキが独りで住む実家の離れに戻った。
「今日はあんたはここで休んでなさい。
私も一緒にいるわ。
ただ、そんなに話すことはないかもしれない。
それでもきっと、これが今はベストの選択だと思うけどね」
サキはアールグレイを淹れて刹那に出すと、正直、自分もどうしていいのかわからないんだけどなと、心の中で独り言ちた。