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「せつなときずな」第23話
林の両親の電話を着信拒否にしている刹那に代わり、サキが会って話を聞いてきた。
サキに連絡があったからだと言う。
「あんたの人生だから、私がとやかく言うことはないけど」
買い出しに行く以外籠りきっている娘の部屋を訪れて、サキは机の上の離婚届けを手に取った。
「終わりにするのはいいけど、話もしなくていいのね?
後悔しない自信があるなら、それ以上は何も言わない
それと、聞きたくなければ、お義父さんとお義母さんとしてきた話も話さないわ」
サキは、刹那の感情を確認してきた。
「いつか後悔は覚えるかもしれないけど、それを上回る拒絶感しか、私には無いから」
「これを私に届けろと?」
「ううん、たまたまそのタイミングでお母さんが来ただけだよ。
郵送するつもりだった」
刹那は、それまでしたことも無いのに、絆にパンケーキを焼いていた。
「することがないからね、あんまり好きじゃない料理やお菓子づくりをするようになった
お母さんにきちんと教わっとけば良かったな」
絆は、母親が作る何かの匂いに興奮していた。
「すごくいいにおいがする。おなかすいたよ、おかあさん」
不穏の中の平和なのか、平和に見える不穏なのか、それはサキにはわからない。
ただ、言葉にはできない何か、心の奥に燻っている、荒涼とした暗い影のようなものを、自分の娘に感じるのだ。
それは「加害者家族」を待ち受ける困難さのことではない。
林に裏切られたことへの絶望や怒りなら、もっとわかりやすい。
そうではない。
事件があってから微かに感じる、刹那の息子への曖昧さだった。
距離を置いているような、本当に気付かないくらいの僅かなよそよそしい感じが、どうしても気になる。
しかしこの辛い状況の中、そんなことを本人に向かって口にするのは、いくら空気の読めないサキですら憚られた。
「お母さん、以前言ったじゃない。
辛い時は美味しいものを食べるのよって。
それを時折思い出すんだ」
そう、それは、刹那が高校生で絆を身籠った時、不安に押し潰されそうになった娘にサキがかけた言葉だ。
私の不安は、刹那、あんたの人生じゃない。
絆の将来でもない。
刹那、あんたの心だよ…
サキは、テーブルに出されたパンケーキを嬉しそうに眺める絆のために、ナイフで切り分けた。
辛い時は美味しいものを食べればいい。
じゃあ、不安な時はどうしたらいい?
絆の笑顔が、余計に気持ちを揺らせる。
刹那、あんたは一体何を思っているの…