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「せつなときずな」 第22話


遅い昼食を終えて、隣の部屋で絆をブロックで遊ばせることにして、サキと刹那は居間で向かいあった。
刹那は警察で聞いた、公彦の犯した詳細を話し、逮捕を受けて明日の新聞で実名報道されることを伝えた。

サキは黙って聞いていた。
刹那の話が終わって、二人は沈黙した。
何を話していいのか、二人には皆目検討がつかなかった。

しばらく考えた末、サキは重い口を開いた。

「お母さんは、こんな時、何を言っていいか正直わからない。
頼りにならないけど、刹那は私のことはよくわかっているだろうから、そこは諦めて。

ごめん」

刹那は首を横に振った。

「刹那が思っていることがあったら、何でも話して。
何も話したくなかったら、黙っていればいい

でも、できたら、絶望はしないで欲しい。
そのために私にできることは何でもする」

刹那はじっと考えてみたが、何を考えているのか、もう自分自身ですらわからなくなってしまった。

「今は何も考えられない。

時間が欲しい」

サキは頷くと、当面必要なものをリストアップして刹那と確認し、買い出しに出掛けた。
刹那は部屋の向こうで遊ぶ絆の姿をぼんやりと見入った。

絆は4歳だ。
明日から保育園には行かせられない。
友だちとさよならすることもなくお別れになる。
私は、どう説明すればいい?

お父さんは仕事だと言いくるめている。
何時まで?
何時までそんな嘘をつく?
私は、どう説明すればいい?

絆を産んでから、私は「女」である前に、「母親」になってしまったのだろうか。
高校を出て働くことを余儀なくされた公彦の稼ぎは少なく、私も実家に世話になることで生計を支えた。
若い私たちは生活に疲れた。
私はセックスなんかしたくなくなった。
元々、こんな人生を思い描いてはいなかった。
しかし元々、自分の人生など思い描いてはいなかったのだ。
無為の報いなんだろうか。
どうして、私は、何かに報いなければいけないのだろうか。
公彦を赦せるか?

そこだけは、はっきりしている。
東から昇った太陽が西に沈むぐらい確かなことだ。

そんな気は、更々無い。

私は女だ。
いや、女であろうが男であろうが、こんな卑劣な犯罪を赦すことはあり得ない。
盗む、壊す、傷付ける、それはすべてまかなえる。
それはすべてでないにしても、現状回復できる。

強姦は殺人だ。
それ以前に回復することは不可能だ。
例えそれが、私にとって不貞を働いた女だろうが、この罪をよしとする寛容を私は自分に許さない。
私の人生に、絆の人生に、消えることのない烙印をつけた男を、私が赦すことはない。
罪を認め、更正しようがしまいが、もう私たちの人生にあいつの居場所などない。
勿論、私があいつを支えることもない…

刹那は、途中ではっとして、自分の想念を一度仕舞った。
今はそれどころではないのだ。

これからは加害者家族として生きていかねばならない。
この世知辛く非寛容な社会に、私たちの拠り所など存在しないだろう。

刹那はベニヤ貼りの天井に下がる、汚ならしいツイン蛍光灯のペンダントを眺めて惨めな気持ちになった。
これからの戦場を思い、以前、何かの本で読んだ坂本龍一の言葉を思い出す。

「兵士にだって生活はあるのだ」

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