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「せつなときずな」 第17話
林は、明らかに困惑していた。
もちろん、刹那が嘘を言っているなどと思ってはいない。
そもそも刹那は冗談を言わない。
自分とは違い、浮気などする筈もない。
何より、刹那の声は酷く震えていた。
今にも泣きそうな、赤くなった瞳も…
「私さ…」
それでも刹那は、気力を振り絞って林に語り出した。
「公彦がどう思うか、もうどうでもいいんだ。
私、この子を産むから。
…でもね、うまく言えないんだけど、凄く辛いんだ。
だってさ、望まない妊娠だって、そう思ってさ、最初は。
もう不安で不安で、張り裂けそうになって、独りじゃなんともならなくて、それでお母さんに相談して、それに、公彦にも言わなくちゃいけないし…
でもね、よく考えたら、私、自分のことしか考えてなかったんだ。
そうでしょ?私のお腹には、私の赤ちゃんがいるのに、それなのに私、望まない妊娠とか思ったり…望むとか望まないとか、私これからお母さんになるのに、これって赤ちゃんに酷くない?
酷すぎるよ…私、もう一人じゃないんだよ!」
最後、大声で叫ぶと、刹那はそのまま床に伏して号泣してしまった。
感情は抑えることはできず、寧ろ、感情の奴隷になることを刹那は望み、そのように振る舞った。
そこには、林の存在は、予め認められない不在にも等しい扱いにも思えた。
林は、刹那の感情の吐露に立ち会わされる目撃者にしかなれなかった。
「刹那…ごめん。
お前を不安にさせて…」
「もっと気の効いたこと言ってよ」
刹那は泣きながら抗議した。
「公彦がどうしたいのか知らないけど、この子の父親はあんただから。
それだけは、はっきり覚えていて」
林は刹那の横に腰を下ろし、その肩をそっと抱いた。
「突然過ぎて気持ちの整理がつかないけど、俺は刹那の選択を…その、大切にしたい」
今の刹那には、それがどんなことを意味しているのかはわからなかった。
林がただやさしい言葉でなだめようとしているだけなのか、それとも、何らかの責任を負うつもりなのか
それとも内心は、この災難から逃げ出したいのか
面倒くさい女からずらかってしまいたいのか
そもそも私は、公彦に期待はしないように、ずっと諦めるつもりで今まで堪えてきたんだ。
そのまま黙ったきり、二人はどのくらい過ごしただろうか。
それにお互い、これ以上何を言っていいのかわからなかった。
「刹那、明日、会える?」
しばらくして、林は小さな声で語りかけた。
「ごめん、今日は帰るよ。
俺も刹那がそうだったように、どうしたらいいのか、きちんと考えたいんだ。
それを明日、刹那に伝える。
久しぶりに、二人して白猫に行こう。」
刹那は小さく頷き、林を玄関まで見送った。
夕方、サキが帰ってくると、手付かずのテーブルそのままに、椅子に座ってテーブルに伏して眠ってしまった刹那を見定めた。
「おつかれさまね」
サキはそう言うと、刹那を起こしてベッドて休むように促した。
「お母さん、明日、ちょっとお願いがあるんだけど」
刹那は少し腫れた目で、それでもしっかりとサキの目を見ながら、自分の気持ちを確かめるかのように言葉を繋いだ。