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2025年1月2日 「11の物語」 感想


2024年11月から12月に、
著 パトリシア・ハイスミス、
訳 小倉多加志
早川書房の
「11の物語」を
Kindleで読みました。
その感想です。

パトリシア・ハイスミスの「11の物語」、
この短編集は
2024年に、ひとに勧められて読んだ本です。
この本に収められているとある短編を
ぜひ読んでみてほしいと、言われて
読むことにしました。
セールをやっていたので、Kindleで購入しました。
Kindle読みにくい時もかなりあるんですが、
短編集であれば、そういったストレスが軽減しますね。
またKindleで本を読むことで、なぜだか、Audibleや紙の本も読みたくなることがわかり、
(手軽で、読みやすい…と感じるからかもしれない)
Kindleでの読書は、読書量を増やす、ブースターとして良いかもしれない、と感じました。
またこうして、記録を書く場合は、ペラペラとめくれるので、
Audibleよりも書きやすいです。


11の物語

・かたつむり観察者


かたつむりが嫌いな人は読まない方がいいお話。山ほどカタツムリが出てくるので、お嫌いな人にとっては完全なホラーとして捉えられるでしょう。
よくわからないものに、強烈に惹きつけられて、その中に飲み込まれていく感じが味わえる作品です。

・恋盗人

遠距離恋愛でつれない恋人と手紙のやり取りをするドンは隣の郵便箱に入っている手紙が気になってしまい…というあらすじ。
まだ、電話やメール、SNSがなかった時代だからこそあり得る展開かと思いましたが、
しばらく考えて、現代でも全くあり得る話だと考えを改めました。
SNSでクラスメートになりすまして、他人とやり取りするなんてこともあると聞きますもんね。
「不幸な時ほど、人は他人に残酷になる」というのは、現代だって、変わりません。
そして、そうした残酷さは、他人に向けたつもりでも、自分に戻ってくるものだ、と私は信じます。^_^
主人公にも多分…。

・すっぽん

スッポンを食べるのは、東アジア特有の文化かと思っていました。
ネットで検索してみると、フランス料理でもスッポンを調理することはあるそうです。
驚き!
調理法は、小説内で「泥を吐かせてシチューにする」というような調理工程をやっているようなので、あまり日本と変わらない様子です。
日本固有の料理なぞ、あるようでないんですね。
スッポンは煮込むものなんですね。

そして、
「毒親」という言葉は嫌いなのですが、
この短編に出てくる母親が絶妙に嫌な母です。
おそらく「毒親」として分類される、母なのです。
ひどく攻撃的とか暴力的ではありません。
しかし、母親の言動は、
自分勝手で、子どもにもひとりの人格があることなど全く考えていないようなのです。
子どもも彼女にとっては自分のライススタイルを表現するひとつの小道具やインテリアなのだろうと感じます。
この短編の結末は今の時代を生きる読者にとって、意外なものでしょうか。
「毒親」という言葉が広まった今では、
むしろ、「そうだろうな」と思ってしまう人が多いのではないでしょうか。

・モビールに艦隊が入港したとき

序をイギリスの小説家、グレアム・グリーンが書いているのですが、
彼は、この作品が好きだとしています。
「読者は単純でちっぽけな殺人事件しか予想していないのに、結末では恐怖に駆られている。これこそ、パトリシア・ハイスミスの閉所恐怖症ものの最高傑作といえよう。」と評しています。
主人公ジェラルディーンに対する読者の気持ちが最終ページに至ると全く変わってしまうものすごい作品です。
読んでいて、嗚咽が漏れそうになり、どんどん心拍数が上がります。
こんなつらい話なのに、
読んでいると、どこか、キラキラしています。
キラキラして回るメリーゴーラウンド、
公園を響き渡る悲鳴、
真っ暗になる視界。
それらを矛盾なくまとめるパトリシア・ハイスミスの腕…。
私も、この作品が1番好きです。
…いや、好きというのはあまりにひどい話かもしれません。
ジェラルディーンと似た境遇の女性は、
2025年の今だって、存在している違いないからです。
そういう意味でも、現代でも決して色褪せていない珠玉の作品です。
負けたくない、負けねぇからな…。

・クレイヴァリング教授の新発見

妙に、リアリティを持って詳細が描かれていて、
カタツムリが嫌いな人は
より嫌いになるのが間違いなしのお話。 
ゾッとしながらも、最後にすこし、陶酔感があるのは、
パトリシア・ハイスミスの腕でしょうか。
それとも、彼女の願望が込められているのでしょうか。

・愛の叫び

意地悪ばあさんの話。
このタイトルをどうとるか?と考えてしまいます。
愛の反対は無関心であるなら、
この作品に出てくる2人はお互いを愛していると言えるのかもしれません。
そして、この作品で起きていることは。2025年世界の、日本のあらゆる場所で起きていることでもあります。
自分より恵まれている人をほっておけない、無視できない、距離を置けない、私たちの話です。
絶妙に嫌な話です。

・アフトン夫人の優雅な生活

他者が語る身の上話というものは、
どこまで信用できるものなのでしょう。
相手が真実を語っている、という証拠は、どこにあるのでしょう。
でも、どんな嘘でも、
その人から見た世界としては真実、そうなんだろう…と思ったりもするのです。

・ヒロイン

パトリシア・ハイスミスのデビュー作にして傑作。
これがデビュー作ですからね。
パトリシア・ハイスミスが、
その時点で、すでに出来上がっていたことを示す、完璧な作品です。
短い話の中に、起承転結があり(衝撃を伴った結末!)
そのいずれも不自然でなく、
妙なリアリティを持って迫ってくる作品です。
素晴らしい家庭とそこですくすく育つ子どもを求める大きな目のルシールという若い女性が主人公。
彼女の行動をひとつも共感できないのに、読み手に理解させることができる、パトリシア・ハイスミスの圧倒的筆力を感じることができます。

黒人の料理メイドについての記載があって、パトリシア・ハイスミスが若い頃はそれが当たり前であったということにギョッとしたり、
お金持ちはナニーを雇い入れ、家に住まわせるのが普通の時代があったのだと思い至って、
現代の保育システム成立に思いを馳せたり、
時代を感じる描写もあります。
しかし、それは欠点ではなく、
むしろクラシカルで端正な舞台装置のように作品を引き立たせています。
人から読んで欲しいと言われていた作品は、この「ヒロイン」でした。
このタイトルも簡潔かつ内容を表現していて、素晴らしい!
人に勧めたくなるのも納得の傑作でした。
ただ、パトリシア・ハイスミスの人生を少し知ると、
主人公ルシールの家庭への切望は、
パトリシア・ハイスミスのある部分でもあったのだとわかり、切なくもなるのです。
パトリシア・ハイスミスはマッチではなく、
ペンもしくはタイプライターを手にすることを、
選んだのでしょうね。

・もうひとつの橋

妻と息子を自動車事故で亡くした男、メリックがイタリアを旅する中で、貧しい少年と出会って可愛がるのだが…という話。
死の匂いが色濃い男が死と生の間をふらふらしているように読めます。
この短編集の中では1番印象が薄いのは何故でしょう。
舞台がイタリア、パトリシア・ハイスミスにとっての外国、だからでしょうか。
淡い夢のような読み心地です。

・野蛮人たち

パトリシア・ハイスミスの恐ろしいところは、
2025年のこんな極東の国の人間が読んでも
「こういうこと、今の日本でもありそうだなぁ。嫌だなぁ」と思う話を書くことです。
人間の邪悪さの普遍性を彼女は知っていて、
それを、さらりと、書くことができるのです。
住む場所は、住む物件はよく選びましょう。

・からっぽの巣箱

巣箱にいた何かよからぬものが、家の中に入ってくるお話。
ものすごく気持ち悪いそれは、
「ユーマ」と呼ばれています。UMAかな?それとも?
日本語だと人名でもありますね。
主人公のイーディスとその夫チャールズには、
どちらも後ろ暗い過去、罪があり、
ユーマはその過去の罪を刺激する何かとして表現されています。
2人は正面切って、それを受け止めることのないカップルで、
そのため、ユーマが現れたのだろう、と私は理解しています。
「罪を犯すのがいけない」ということではなく、「罪から真に逃げることはできない」ということでしょう。
ユーマは、これからも現れるだろうというイーディスの強い確信と共に、話は終わります。
短編集の最後に、最も後味が悪いと言ってもいい、この話を持ってくるのが、
さすが、パトリシア・ハイスミスでしょう。
読み手を安心させる気がないのでしょう。

呪われたダイヤモンド


パトリシア・ハイスミスは、
文章が端正で、描写も的確で無駄がなく、
それでいて表現も豊かです。
だけれども、根底には人間存在への諦めと嫌悪、それに対する悲しみがある気がします。
人間を書かかっているものの、どこか冷たく、
別種の生き物を観察しているような印象を受けるのです。
パトリシア・ハイスミスの文章は、呪われたダイヤモンドのような美しさと言えるでしょう。
人を魅了する、大きく貴重な宝石だけれども、持つ人を次々と不幸に陥れるという伝説があり、どこか影のある危険な冷たい輝きを放っているのです。
長編はまた趣が違うのかもしれません。
次は「太陽がいっぱい」でも読んでみましょうか。
いやいや、それよりパトリシア・ハイスミスの伝記を読んでみるのも良いかもしれません。




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千歳緑/code
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