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【読書ノート】『西洋の敗北 日本と世界に何が起きるのか 』エマニュエル・トッド

エマニュエル・トッド氏は著名なフランスの歴史人口学者・家族人類学者で、著作をすでに10冊ほど読んだが本書はその中でも最もインパクトの強い内容だった。家族人類学者の視点から、現在起きている戦争や政治社会の事象を分析しているが、どれも深い論理と知識に裏付けられた明晰なもので非常に参考になった。人類学という政治学者たちが見えない視点で様々な現象を分析しており、「今」を理解するのに大変有用な内容。多くの人が読むべき。

  • ウクライナの敗北はすでに明らか

  • 戦争を命の安い国に肩代わりさせた米国

  • ウクライナは「代理母出産」の楽園

  • 米国は戦争継続でウクライナを犠牲に

  • 米情報機関は敵国より同盟国を監視

  • NATO目的は同盟国の「保護」より「支配」

  • 独ロと日ロの接近こそ米国の悪夢

  • ロシアは米国に対して軍事的優位に立っている

  • モノではなくドルだけを生産する米国

  • 対ロ制裁でドル覇権が揺いでいる

  • 米国に保護を頼る国は領土の20%を失う

  • NATOは崩壊に向かう 日米同盟は?


以下、気になった個所を抜粋:

・・・東ヨーロッパ諸国は本質的に民主主義で自由主義なのだとみなされている。だが、実はそうではない。国によって違いはあるが、共通するのは、「共産主義を生み出した中流階級」に支配されているということなのだ。そして共産主義崩壊後に、彼らは自国のプロレタリアートを「西洋」資本主義に差し出したのである。(149ページ)

私はここから広義の「西洋」の定義を使用する。理由は単純だ。それがアメリカの覇権システムに対応する「西洋」だからである。ただし、そこには「自由主義的西洋」と同時に「権威主義的西洋」も含まれていることは留意しておきたい。1990年から2006年にかけてのロシアの発展がきちんと認められていたならば、ロシアをこの「権威主義的西洋」に含めることができただろう。(155ページ)

※1990年から2006年にかけてのロシアは、激動の時代を経験した。ソ連崩壊後の混乱から、経済成長と国際的な影響力の回復へと、大きく変化した。

プロテスタントの信者は、誰しも誰もが聖書に直接アクセスできなければならないからだ。そして読み書きできる人々の存在が技術及び経済の発展を可能にする。こうして、プロテスタンティズムは、意図せずして、非常に有能な労働力を形成したのである。もちろん産業革命が起きたのはイギリスで、最も目覚ましい最後の経済的飛躍はアメリカで起きたが、西洋の発展のそもそもの中心はドイツにあったというわけだ。さらにそこに、プロテスタント国で早期に識字化したスカンジナビアを加えると、「第1次世界対戦前夜の先進諸国」を表す地図が出来上がる。西洋のプロテスタンティズムの中心は、「自由主義」と「権威主義」という2つの構成要素にまたがっていると言えるだろう。(156ページ)

社会に対する見方として、プロテスタンティズム圏は、全体として程度の差はあれ、予定説の教義を受け継ぎ、「選ばれし者と地獄に落ちるものがいる」、つまり「人間は平等でない」いう人間観を共有している。ドイツのあからさまな不平等主義と、オランダ、イギリス、アメリカのより和らいだ不平等主義は、いずれも「洗礼によって原罪から清められた人間は、みな平等である」というカトリック(あるいは正教会)の根本的に考え方に対立した。その結果として、人種差別が最も激しく、最も強固な形で現れたのがプロテスタンティズムの国だったことには何の驚きもない。(156ページ)

こうしてプロテスタティズムは、2つの意味で西洋の中心に位置している。プロテスタンティズムの良い側面には、教育と経済の発展があり、悪い側面には、人間は不平等だという考え方がある。さらにプロテスタティズムは、国民国家の最初の発展の原動力にもなった。(157ページ)

・・・今日の西洋では「少数派の保護」は一種の脅迫観念にまでなっているからだ。抑圧されている少数派として、黒人や同性愛者がすぐに思い浮かぶが、実は「最も保護されている少数派」は、全人口の1%、 0.1%、あるいは0.01%を占めている超富裕層である。ロシアでは、同性愛者は保護されていないが、オルガルヒも保護されていない。こうした観点から、西洋で「自由(リベラル)民主主義」と呼ばれてきたものは、「リベラル寡頭制」と位置づけ直される。
すると、この戦争のイデオロギー的意味も変わってくる。西洋の主流派の言説では、この戦争は、「西洋の自由(リベラル)民主主義」と「ロシアの専制体制」の対立だとされたが、「西洋のリベラル寡頭制」と「ロシアの権威主義的民主主義」の戦いに変わるのだ。(164ページ)

2022年時点では、ウクライナ人、ルーマニア人、ポーランド人、クロアチア人、ブルガリア人が目立って多い。これは、鉄のカーテンの崩壊により、事実上、ドイツの産業経済が東ヨーロッパの旧社会主義国の労働人口を自由に使えるようになったことを意味する。これらの人々の大半は自国内でドイツ企業に雇用されたが、中にはドイツ国内労働力として直接吸収される人々もいた。(187ページ)

※ノルドストリームのガスパイプライン破壊は、2022年9月26日に発生した、バルト海を横断する2本の主要な天然ガスパイプライン、ノルドストリーム1とノルドストリーム2の破壊行為。この事件は、ヨーロッパのエネルギー安全保障に大きな影響を与え、国際的な懸念を引き起こした。

すでに見たように、ノルウェーはアメリカによるに手を貸している。デンマークは、長い間、アメリカの駒でもあり、軍事面では伝統的にノルウェーほど有能でないにしても、時にノルウェー以上に駒としての役割果たしている。2023年7月、欧州委員会の競争政策担当でデンマーク人のマルグレーテ・ベスタエアーは、アメリカ人のフィオナ・スコット・モートンを同部門のチーフ・エコノミストに任命しようとした。もし実現していたら、この人物がGAFAに対してどれほど「公平」であり得たかは想像に難くない。 ヨーロッパの諸機関で高官を務めるデンマーク人は、80%確率でワシントンの「非公式代表」だと推測できる。(253ページ)

アメリカの黒人問題は、宗教的、つまり核心的な側面を含んでいる。人差差別とプロテスタンティズムは無関係な変数ではない。「黒人の封じ込め」は、いわばプロテスタント的な「地獄落ちの刑」なのである。アメリカの黒人の大半がプロテスタントで、少なくともかつてはそうだったという反論もあろう。しかし、アメリカの黒人のプロテスタティズム---情熱的で、ゴスペルが伝える「逆境を生き抜く」思想---は、まさに彼ら独自のものなのである。黒人プロテスタント教会は切り離された存在で、黒人プロテスタンティズム自体も独自の方法で人種的差異を制度化したものなのである。
もし人種差別や人種隔離が結局のところ、ほぼ宗教的価値観に由来しているのだとしたら、活動的あるいはゾンビ状態の宗教---人間は不平等であり、一部の人間は劣っているとする心理的かつ社会的システム----の崩壊は、黒人の解放につながり得るだろう。私はここで言及しているのは、19世紀以降、北部、特に入イングランドで、黒人解放のために意識的に戦った上流階級の慈悲深いプロテスタントたちではない。大衆の無意識、深層における心理的態度に着目しているのである。(280~281ページ)

しかし、黒人は、「解放された」はずなのに、かなりの程度まで「囚われの身」のままである。教育の階層化が進み、経済格差が拡大し、教育水準と生活水準が低下する局面で、黒人の解放は実現した。社会的流動性は今日、ヨーロッパよりアメリカの方が低い。統計上、社会ピラミッドの下部に位置している中で、アメリカ黒人の解放が実現したが、そのこと自体が、彼らがこうした実際の状況から抜け出すのを非常に困難にしている。(282ページ)

リベラルなアメリカは、ロシアの「専制政治」に対して「民主主義」を擁護しているが、収監率が世界で最も高い国である。2019年、アメリカでは住民10万人あたりの収監者数は531人で、ロシアは300人になった。ちなみに、刑務所から傭兵を雇ったことで、ワグネル・グループはこの比率を下げることに成功したと想像できる。同時期、イギリスは143人、フランスは107人、ドイツは67人、日本は34人だった。(283ページ)

※アメリカの収監率は、2022年時点で 約637人/10万人 であり、世界で最も高い国のひとつです。例えば、ロシアは約440人/10万人、中国は約120人/10万人、日本は約50人/10万人です。

地政学に関する本書において、私は国力の基盤へ近づこうと試みている。兵器の生産量よりもエンジニアの数を見る方が真実に近づけるのだ。繰り返すがモノから人へである。近代的な軍隊はその技術力にかかっているが、それは工兵部隊に限ったことではない。特に空軍と海軍の技術部門では、将校の大半がエンジニアである。アメリカがエンジニア大規模に養成できなくなっているとすると、次の疑問が湧いてくる。本格的な軍事衝突が起きた時、アメリカ軍の真の実力がどれほどのものなのかと。(302ページ)

「制裁付き」でロシアを非難したのは、北アメリカ、ヨーロッパ、オーストラリア、日本、韓国、コスタリカ、コロンビア、エクアドル、パラグアイだけだ。ラテンアメリカの極小の4カ国(無秩序で活力のあるコロンビアは極小ではないが)をここから除くと、「西洋圏」というのはアメリカの同盟国が軍事的保護国だけになる。ロシアへの積極的指示を表明したのは、民主主義的な観点からすると感心できないような国々、ベネズエラ、エリトリア、ミャンマー、シリア、北朝鮮だ。ここで価値観に関する結論を出すのはやめよう。(329ページ)

・・・さらに驚くべきは、非難すらしなかった国も多かったことで、そこにはブラジル、インド、中国、南アフリカが含まれる。これらの4カ国からロシアと共にBRICSを構成している。西洋の経済的無責任さを世界に示した世界金融危機の困難の中、アメリカの経済的支配に対抗して2009年にBRICSは創設された。 (南アフリカ2011年に加盟)。アメリカのサブプライム危機は、貧しい中でも成長しつつあった国々を唖然とさせた。返済できないのが明らかな貧しい人々に不動産ローンを高い利率で貸し付けたのはなぜか。
・・・こうしたアメリカの無責任者に対し、あまりに反応が遅かったヨーロッパの無責任者も重なった。実際、大規模な景気刺激策によって世界を景気後退から引き戻したのは中国だったのである。BRICSの誕生は、こうした西洋の二重の無責任さへの反応だったのだ。ロシアを孤立させるはずだったこの戦争は、むしろBRICSの拡大に繋ながった。2023年8月にヨハネスブルクで首脳会議が開催され、サウジアラビ、アラブ首長国連邦(UAE)、イラン、エジプト、エチオピア、アルゼンチンが新たに変わることになった。(アルゼンチンはその後参加を見送った)。(329~330ページ)

制裁を求める西洋は、世界人口のわずか12%を占めるに過ぎない。BRICSには、人口世界1位のインド、2位の中国が加盟している。この2国は、世界で最も人口が多いアジアに位置している。(330ページ)

「ドイツ的ヨーロッパ」が、非軍事的な方法で勢力拡大を進める中で、ウクライナに選択を迫ったのだ。絶対的な確信はないが、ドイツが「機械社会」の新たな性質に基づいてウクライナに求めたのは、領土ではなくて労働人口だったように思える。ロシアとの断絶によって不可避となったウクライナ経済の最終的な崩壊は、自動的にウクライナ移民を発生させ、その移民をドイツとロシアが分けようと思われたが、実際にそうなったのだ。
・・・中東はヨーロッパと東アジアと共にアメリカの覇権にとって3つの重要拠点の1つだったが、アメリカは中東を放棄した。ところが、「アメリカを必要としないヨーロッパ」の台頭に対しては、アメリカは覚悟ができていなかった。ウクライナへの介入は、もはやロシアを攻撃して打ち負かすためのものではなくなった。ドイツ抑え込み、芽生え始めたヨーロッパの自立政策(まだ非常に不器用なものであるが)を阻止するためのものになったのである。2015年頃にはアメリカは、明らかに防衛モードに入っている。
(384ページ)

「その他の世界」のロシア支持は、ますます明らかになっている。西洋の優先事項に対するロシアの無関心さは、経済制裁の衝撃に耐えることを可能にした。より直近では、パレスチナ問題に対する西洋の非道徳的姿勢が「その他の世界」の西洋への嫌悪感をより募らせることにつながっている。イスラエルが先導し、ヨーロッパとアメリカが容認し、特にアメリカの兵器によって行われているガザでの残虐行為は、イスラム諸国全体をロシアにつかせることになった。アラブ世界の軍事的脆弱性やアメリカの病的なまでのイランへの敵意などを理由に、ついにロシアは、特別な外交努力もなく、事実上、イスラム世界の盾となることに成功したのである。(399ページ)

とはいえ、西洋こそ寡頭制的で、現在のNATOのシステムは、「ロシアからの保護」というより、「ワシントンによる属国のエリートと軍の監視メカニズム」として機能している。金融と情報科学に関する基本的な支配メカニズムについては、第5章で説明した通りだ。「ワシントン・ロンドン・ワルシャワ・キエフ(キーウ)」の軸が、今日ではヨーロッパにおけるアメリカ覇権の基本軸となっている。しかしここで、極小の2国、ノルウェーとデンマークが、実はワシントンによるヨーロパ大陸の監視メカニズに引不可欠な要素となっている点を指摘しておきたい。
・・・イスラエルが中東に係留されたアメリカの航空母艦であるとのと同様に、今日、ノルウェーとデンマークは、ヨーロッパ大陸に係留された巨大なアメリカ航空母艦と化している。一方、オランダという航空母艦はアメリカとドイツが共同管理しているようだ。(407ページ)

(2025年2月15日)




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