本書の原著は2017年に出版され、今年翻訳されたものである。原題は「難民:破綻した難民制度を変革する」。著者のアレクサンダー・ベッツは強制移住と国際問題専門のオックスフォード大学教授、ポール・コリアはアフリカの開発経済学で有名なオックスフォード大学教授である。監訳は「難民を知るための基礎知識」などの著書がある滝澤三郎ら複数の大学教員による。本書は現在の世界の難民の概要や置かれた状況と現在の難民支援の在り方の問題点とそれに対処するための改善案などが盛り込まれた内容になっており、一読すると世界の難民問題が一通り理解出来る。この本は研究書ではなく一般向けの啓発書とのことだが、個人的には専門的・哲学的な個所もあるのでやや難解な印象。大学のテキストなどには最適と思われる。
具体的には、第I部は現在の難民の状況の概要説明。第II部以降は今後どのようにして難民問題に対処するかの提案。これは主に4つに分けて論じられている。1) 避難によって絶たれた日常生活を避難民が回復するように助けることが倫理的な義務である。(第4章)2) 難民にとって最もふさわしい避難国とは彼らが容易にたどり着ける国であり、また、豊かな国は避難国が難民を受け入れることが経済的に可能になるよう助けるべきである。(第5章)3) 難民が日常生活を回復するための最善の方法は彼らが働けるようにすることであり、そのためには避難国で仕事を作り出すことが必要である。(第6章)4) 難民受け入れに対する経済支援は、紛争後の復興を促進するという目的のためにも活用できる。(第7章)
著者が繰り返し主張していることは3) の難民が日常生活を回復するためには受入国で彼らが働けるようにすることであり、この議論をさらに発展させたのが受入国内の経済特区構想である。またUNHCRの改革の提案も行っている。監訳者の滝澤氏によると、本書の考え方は2018年の「国連難民グローバルコンパクト」や、今年の4月に出版された世界銀行の「世界開発報告2023:移民・難民・社会」にも反映されているとのとである。
以下、気になったいくつかの箇所を抜粋
難民の国際的保護制度は、「難民条約」(1951年)と「難民高等弁務官事務所(UNHCR)」に基礎を置くが、貧困・失業から逃れる経済移民が難民制度を利用することに対応できない。国外に逃れた難民は、自由のない難民キャンプで教育も受けず仕事がないまま何十年も過ごすことになる。難民の長期化状況はPRS(Protracted Refugee Situations)と呼ばれ世界の難民数の3/4 を占めており以前から警鐘が鳴らされていたが、未だに効果的な対策方法が見つかっていない。
「難民条約」(1951年)と「難民高等弁務官事務所(UNHCR)」の制度はもともと「共産主義からの迫害」から逃げる人々を対象に過去に構築されたもので、現在の「内戦や暴力による生命の危険」から逃げる人々に対処できていないという。また、貧困・失業から逃れる経済移民が難民制度を利用することにも対応できない。
このように、筆者は現在当たり前のように運営され難民支援の基盤とも見なされている難民キャンプとUNHCRについても批判の目を向けている。
良く知られているように、難民受入国の90%が開発途上国であるため、難民受入側の社会的・経済的な負担が重く、その国の開発にも悪影響を及ぼす場合がある。そのため、各開発援助機関にもその問題の解決に対処することが求められている。
著者は90%の難民の留まる周辺国で、難民キャンプ外で難民に就労機会と教育を提供することで難民の自立を推進することをウガンダの成功事例を挙げて提唱。難民の自助努力を支援するアプローチ、受け入れ社会への貢献、さらには出身国の再建を可能にする様々な方策を提案している。
難民の自立には多くの組織が協働参画した開発援助が重要と主張。難民受け入れに対する経済支援は、紛争後の復興を促進するという目的のためにも活用できる。
著者はUNHCRの根本的な改革を提唱している。現在の業務の大半を占める人道支援活動は他の機関と役割分担して行い、UNHCRは専門家としての権威を発揮して、国家や非国家主体との間の政治的交渉のファシリテーションに専念するべきとのことであるが、実現は可能なのであろうか。
著者の2人が提唱する「難民経済特区構想」は難民の持つ経済力・生産力に着目した制度で、難民を「負担」と捉えるのではなく建設的な「労働力」として受け入れるべきという考え。受け入れ国内に経済特別区をつくり、ここに企業を誘致して難民を雇用し自立の道を与え、社会に統合していく政策へと見直していく。この際に最終的に紛争が終わった時に備えてシリア難民はビジネス経験の必要があり、また難民の活動が難民受け入れ国経済の発展にも寄与するものであれば、難民の必要性と受け入れ国の利益を両方満たすことが出来る、というものである。もし「難民経済特区構想」がうまく機能すれば、世界中の難民の状況は一変するはずである。
著者のアレクサンダー・ベッツは2021年に「The Wealth of Refugees: How Displaced People Can Build Economies」という本書の続編のような本を出版しているので、こちらも日本語で翻訳出版されることを切に願うばかりである。
(2023年9月18日)