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【読書ノート】46「難民―行き詰まる国際難民制度を超えて」アレクサンダー・ベッツ & ポール・コリア

本書の原著は2017年に出版され、今年翻訳されたものである。原題は「難民:破綻した難民制度を変革する」。著者のアレクサンダー・ベッツは強制移住と国際問題専門のオックスフォード大学教授、ポール・コリアはアフリカの開発経済学で有名なオックスフォード大学教授である。監訳は「難民を知るための基礎知識」などの著書がある滝澤三郎ら複数の大学教員による。本書は現在の世界の難民の概要や置かれた状況と現在の難民支援の在り方の問題点とそれに対処するための改善案などが盛り込まれた内容になっており、一読すると世界の難民問題が一通り理解出来る。この本は研究書ではなく一般向けの啓発書とのことだが、個人的には専門的・哲学的な個所もあるのでやや難解な印象。大学のテキストなどには最適と思われる。

具体的には、第I部は現在の難民の状況の概要説明。第II部以降は今後どのようにして難民問題に対処するかの提案。これは主に4つに分けて論じられている。1) 避難によって絶たれた日常生活を避難民が回復するように助けることが倫理的な義務である。(第4章)2) 難民にとって最もふさわしい避難国とは彼らが容易にたどり着ける国であり、また、豊かな国は避難国が難民を受け入れることが経済的に可能になるよう助けるべきである。(第5章)3) 難民が日常生活を回復するための最善の方法は彼らが働けるようにすることであり、そのためには避難国で仕事を作り出すことが必要である。(第6章)4) 難民受け入れに対する経済支援は、紛争後の復興を促進するという目的のためにも活用できる。(第7章)

著者が繰り返し主張していることは3) の難民が日常生活を回復するためには受入国で彼らが働けるようにすることであり、この議論をさらに発展させたのが受入国内の経済特区構想である。またUNHCRの改革の提案も行っている。監訳者の滝澤氏によると、本書の考え方は2018年の「国連難民グローバルコンパクト」や、今年の4月に出版された世界銀行の「世界開発報告2023:移民・難民・社会」にも反映されているとのとである。

以下、気になったいくつかの箇所を抜粋

  「・・・このことは、難民条約に規定された社会経済的権利が守られているのであれば、それほど問題にはならないだろう。 しかし、ほとんどの受入国は 難民条約に謳われる権利を無視している。 難民の働く権利を厳しく制限しているだけでなく、オーストラリア、ケニア、ヨルダン、ハンガリーなどの政府は、難民認定審査をすることすらせずに国境で難民を追い返したり、 国外追放したりしているのだ。
  このため、国際的難民保護システムは保護解決というより長期的な人道支援になってしまっている。 多くの場合、危機に際しての短期的な緊急対応は長期化している。現在、世界の難民の半数以上が長期化した難民状況にあり、 彼らの平均滞留期間は20年を超えている。 人々は キャンプで生まれ、キャンプで育ち、キャンプで大人になっていく。恒久的な解決策がなければ、彼らの生活は希望よりもその時を生き延びることに集中してしまう。」 (イントロダクション)P37

「UNHCRは世界の32カ国で長期難民を支援しているが、彼らの平均的な避難生活は26年である。本来、難民には、国家への恒久的なサイト運営の道筋である恒久的解決へのタイムリーなアクセスがあるべきである。しかし実際には、最も基本的な自立性と機会すらないまま 難民は無期限に宙ぶらりんの状態に陥っている。」 (第2章)P89

「このような 長引く難民状況は、難民だけじゃなく、受け入れ国と世界の国々にとっても好ましくない。これは人権問題だけでなく、安全保障上の課題でもある。 彼らがキャンプの中で生まれ育って大人になるときに、何の機会もなければ彼らは「失われた世代」になるリスクがある。キャンプは、反政府勢力、民兵、テロリスト組織が、疎外され、失業し、退屈している若者を勧誘して過激化させるには理想的な場所となるのである。様々な研究が、国境周辺の長期的な難民キャンプが紛争や暴力の温床となっていることを示している。」 (第2章)P90

難民の国際的保護制度は、「難民条約」(1951年)と「難民高等弁務官事務所(UNHCR)」に基礎を置くが、貧困・失業から逃れる経済移民が難民制度を利用することに対応できない。国外に逃れた難民は、自由のない難民キャンプで教育も受けず仕事がないまま何十年も過ごすことになる。難民の長期化状況はPRS(Protracted Refugee Situations)と呼ばれ世界の難民数の3/4 を占めており以前から警鐘が鳴らされていたが、未だに効果的な対策方法が見つかっていない。

「現在、ほとんどの国は1951年の難民条約を守っていない。加盟する先進国は、これまで以上に 巧妙な方法で、ノン・ルフールマンの原則を無視または回避するために、入国を抑止ないし認めない対策を取ることによって自公領土に入ることをより難しく、危険なものにしている。・・・
逆説的だが、世界で最も寛大な 受け入れ国の多く、例えばヨルダン、レバノン、タイ、ネパール、トルコなどは難民条約に加入していない。中東やアジア諸国は、難民条約はその地域における難民問題の現実は反映しておらず、むしろ 自国の文化的・法的な慣行が難民に避難場所を提供しているといると主張している。 ・・・それゆえトルコにはヨーロッパ 地域外から来る難民を認定する国際法上の義務はないのである。」(第2章)P76

「難民条約」(1951年)と「難民高等弁務官事務所(UNHCR)」の制度はもともと「共産主義からの迫害」から逃げる人々を対象に過去に構築されたもので、現在の「内戦や暴力による生命の危険」から逃げる人々に対処できていないという。また、貧困・失業から逃れる経済移民が難民制度を利用することにも対応できない。

「・・・1980年代になってからは難民キャンプが途上国における難民保護の主要な手段になった。多くの場合、遠隔地、乾燥地及び危険な国境近くの場所が長期避難民のための永続的な住居として提供された。
 非人間的なキャンプ収容が定型的な対応となったのには、いくつかの理由がある。 第一に、民主化、債務危機、そして1980~90年代にかけての国際通貨基金や世界銀行が途上国に貸した経済の自由化と政府支出削減という構造改革プログラムのせいで、受け入れ国は難民に貴重な資源を割く余裕を失った。キャンプは、難民を「去るものは日々に疎し」とばかりに人々の目から遠ざけると同時に、その運営費用を国際社会に負担させる道を開いた。 第二に、UNHCRは冷戦の終結に際して主要ドナーにとって有益な存在がある必要があったが、米国の冷戦戦略上の利益に合致させる役割を担うことなしに人道的支援機関として再生することを求めた。これを 難民キャンプが可能にしたのだ。・・キャンプは難民だけでなくUNHCRの職員にも仕事を作り出したのだ。」 (第2章)P74-75

「UNHCRはそのほとんどの予算を数年間にわたる 分担金ではなく、毎年の自発的拠出金に依存している。このため、ドナー政府は優先順位を簡単に変えることができるが、UNHCRは計画を立てることが困難となる。そこで長期にわたる大規模な難民危機に対処するために、 UNHCRは国連事務総長による国際会議の開催に頼ってきた。」 (第2章)P84

「したがって、難民キャンプの基底たる論理は「人道的サイロ」によって特徴付けられる。最も明らかなことは、通常キャンプは物理的に隔離された場所にあり、住民は地域的、国家的、グローバルな社会経済的生活へ参加できないということだ。 キャンプは意図されたゲットーなのだ。 キャンプでの活動は、人道支援機関がほとんど全てを主導している。難民問題は、人道主義、 経済発展、人権、安全保障、紛争後の復興というペン図の重なる領域に位置しているにも関わらず、実際の対応策は人道主義的な論理に支配されている。その結果、より長い時間をかけて人々の尊厳と自立を回復させる開発アプローチを採用する方がはるかに理に適っている段階にあっても、パターナリズムと過剰な保護主義が持続することになる。」(第5章)P195-196

このように、筆者は現在当たり前のように運営され難民支援の基盤とも見なされている難民キャンプとUNHCRについても批判の目を向けている。

「責任分担についての明確な割り当てメカニズムが存在しない中で、実際には「近接性」が難民引き受けの基準となってきた。これまで見てきたように、紛争や危機にある国の隣国が大多数の難民を引き受け、地理的に遠い国が責任を回避してきたのである。
 近隣諸国は難民を受け入れる法的義務を負わされる反面、遠くの国々は、最定住させるか資金的支援をするか、貢献するとすれば その度合いをどのくらいにするかに関してほぼ完全に裁量権を持っている。そのため、最も貧しい少数の国々が最も大きな責任を負うという不公平な結果をもたらしたのである。」(第2章)P83

良く知られているように、難民受入国の90%が開発途上国であるため、難民受入側の社会的・経済的な負担が重く、その国の開発にも悪影響を及ぼす場合がある。そのため、各開発援助機関にもその問題の解決に対処することが求められている。

「自立するための機会を作ること自体は、難民問題の長期的に解決策ではないが、本国帰還、地域統合、再定住といった全ての長期的な解決策に向けて重要な一歩となりうる。というのも、難民に自立性と経済的機会を提供することは、彼らが最終的に統合するどんな社会に対しても、より良い貢献をする能力を与えることになるからである。 難民が祖国を再建するためのスキルとモチベーションを持って帰還するなら、帰還後の生活がより持続的なものになる。先進国に再定住することになれば、その国に対して貢献するための全ての能力を持つことになるだろう。彼らは仕事を見つけて自律的に生活する能力を持つため、再定住の機会も見つけやすくなる。」 (第5章)P207-208

「ウガンダは難民に対し、隣国のケニアやエチオピアとは対照的な全く異なるアプローチをとっている。ウガンダでは難民をキャンプに収容することはせず、働く権利やかなりの移動の自由を認めている。農村部の開放的な農民 居住地では、自給自足や商業的な農業を行うための区画を難民に与え、市場での経済活動を認めている。都市部では、難民がビジネスを始め、雇用機会を求めることを認めている。ウガンダは、 難民に基本的な社会経済的自由を与える時に何が可能になるかを示す魅力的で稀有な成功例である。」
(第6章)P220

「データから論理的に導き出される政策の影響がある。難民の所得を上げ、人道支援に対する依存度を下げるためには、いくつかの政策対応が必要である。まず、難民が経済活動に参加するためには 参入障壁を取り除く必要がある。そして、難民を単なる被害者として扱うのではなく、彼らの自助努力と相互支援の文化を奨励する必要がある。さらに、高等教育に至るまでの難民の教育の優先度を高くすべきである。難民の金融サービスへのアクセスを改善したり、ビジネスを阻害、遅延させる諸規制を変えたりして経済の多様化と企業家精神を支援すべきである。難民に対するジェンダー政策では、社会経済的な機会を増やすようにすべきである。経済活動はネットワークによって活発になるから、ネットへの接続を容易にする必要がある。」(第6章)P228

著者は90%の難民の留まる周辺国で、難民キャンプ外で難民に就労機会と教育を提供することで難民の自立を推進することをウガンダの成功事例を挙げて提唱。難民の自助努力を支援するアプローチ、受け入れ社会への貢献、さらには出身国の再建を可能にする様々な方策を提案している。

「我々は、難民が単なる人道問題ではなく、また人道的な側面が主要問題ですらないと認識すべきだ。 難民問題には、人道主義、開発、移民、人権、紛争後の復興、防災減災、国家建設など、多岐にわたる政策分野が関わる。 これまで伸びてきた目的の達成は、こういった領域横断的な問題の解決策に依存する。難民の救済には人道的な対応が何よりも必要である。難民の自立には開発援助が重要だ。難民が忘れ去られないためには、紛争後の国家再建や国家建設に関する知見が必要である。難民の先進国への二次移動を管理するためには移民問題の専門的知識が必要である。
 それゆえ 難民機関は単なる人道的組織にとどまらず他の分野でのスキルや専門知識は備えなければならない。難民保護について特定の国際機関だけが責任を負うのは無理で、世界銀行とその民間部門、国際金融公社、国連開発計画(UNDP)、国際移住機関(IOM)、国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)、国連安全保障理事会、そしてアフリカ開発銀行をはじめとする 多くの地域アクターの協力が必要である。」 (第8章)P288

難民の自立には多くの組織が協働参画した開発援助が重要と主張。難民受け入れに対する経済支援は、紛争後の復興を促進するという目的のためにも活用できる。

「求められているのは、各国政府の新たな合意を促進する仲介役となりうる機関だ。それは、国家間の最大公約数を探る動きに追随したり、時代錯誤的な難民制度を守ろうとしたりするのではなく、積極的にアジェンダを設定できる機関であり、専門性と道義的権威を戦略的に発揮して、ドナー、受け入れ国、 難民のためにウィンウィンを実現することができる機関だ。 それは、グローバル、ナショナル、ローカルなレベルの政治の変化を敏感に察知し、未来へのビジョンを掲げ、先頭に立って率いることができる組織である。」(第8章)P289

「世界の主要な 難民受け入れ国の全てに開発区域(特区)を設置するという我々のビジョンは、南と北の境を越えた、また官民の関係者を巻き込んだ 政治的な取引を必要とする。難民が「忘れ去られた状況」から抜け出す道を確保するためには、国家や非国家主体との間の知的な交渉が必要である。
この役割を果たすために、UNHCRは再編成を迫られるであろう。・・・ 今日では、政治と経済が難民の将来を左右する要因となっているが、これらの分野での UNHCR の専門的能力は極めて限定的だ。開発アプローチを受け入れるなど、UNHCR は徐々に変化に対応していると主張しているが、大半の人的財政的資源を 時代遅れになった活動に投入しているのが実情だ。
UNHCRの改革の方向性はより多くの結果を出すために活動を絞り込むことにある。その主要な役割は、政治的なファシリテーションと専門家としての権威の発揮に限るべきである。 この2つの役割をきちんと果たせば、UNHCRが現在最も資源を使っている人道支援援助は縮小させることができる。 UNHCRは難民保護の業務を独占する必要はなく、他の公的機関と役割を分担しつつ、NGO 、市民社会組織、難民自身、企業と協働することができるし、またそうすべきである。」(第8章)P290-291

著者はUNHCRの根本的な改革を提唱している。現在の業務の大半を占める人道支援活動は他の機関と役割分担して行い、UNHCRは専門家としての権威を発揮して、国家や非国家主体との間の政治的交渉のファシリテーションに専念するべきとのことであるが、実現は可能なのであろうか。

「(世界の主要な 難民受け入れ国の全てに開発区域(特区)を設置するという)私たちのアプローチは、驚くべき速さで、難民支援の現場には新たに参入してきた多くのアクターによって採用されている。 ・・・(2016年)10月には 世界銀行 理事会が ヨルダンに対して経済特区の再整備を行うために 譲許的な3億ドル 融資をすることを承認した。これは 世界銀行が ヨルダン 政府と結んだ協定を実施するもので、12万人のシリア人難民の雇用されることになった。理事会はまた レバノンにも同様の融資を承認し、30万人のシリアの子供たちが学校に通えるようになった。・・・ 他の援助機関 もまた 「ヨルダンモデル」と呼ばれるこのアプローチを取り入れている。・・・英国の開発機関である英国国際開発省(DFID)はエチオピア 政府と欧州委員会との間で、難民を含む10万人の雇用可能する新しい工業地帯のために5億ドルの資金を調達することを取り決めた。・・・ 市民社会もイノベーションを起こしている。新しいNGOである 難民都市連合(Refugee Cities)とマッキンゼー・グローバル・インスティテュートも、 民間企業の専門知識を活かして商業的に実現可能な工業地帯を設立することで多数の雇用を保護国に生み出そうとしている。」(第9章)P304-305

著者の2人が提唱する「難民経済特区構想」は難民の持つ経済力・生産力に着目した制度で、難民を「負担」と捉えるのではなく建設的な「労働力」として受け入れるべきという考え。受け入れ国内に経済特別区をつくり、ここに企業を誘致して難民を雇用し自立の道を与え、社会に統合していく政策へと見直していく。この際に最終的に紛争が終わった時に備えてシリア難民はビジネス経験の必要があり、また難民の活動が難民受け入れ国経済の発展にも寄与するものであれば、難民の必要性と受け入れ国の利益を両方満たすことが出来る、というものである。もし「難民経済特区構想」がうまく機能すれば、世界中の難民の状況は一変するはずである。

著者のアレクサンダー・ベッツは2021年に「The Wealth of Refugees: How Displaced People Can Build Economies」という本書の続編のような本を出版しているので、こちらも日本語で翻訳出版されることを切に願うばかりである。

(2023年9月18日)


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