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やせたいんじゃなくて、人生変えたい『ダイエット幻想』

しつこくジョコビッチ本を考える
あの本のタイトルは、そう『ジョコビッチの生まれ変わる食事 〜あなたの人生を激変させる14日間プログラム〜』。
「食事術」を伝えますよ、じゃない。この本で人生変わりますよ!がアピールポイント。人の心をつかむよね。とてもうまい。そして曲者だと思う。


この手の本を手に取るときって、食生活のアドバイスがほしいんじゃなくて、私自身を変えたいとき。そうだなーと思わせてくれたのがこっちの本。

この本、やせたい女の子だけじゃなくって、
SNSでいいねが欲しい全人類読んだほうがいい。

「やせたい」ってどういうことよ?ってことを、文化人類学者が簡単な言葉で、でも根本から語っている本。いや、「やせたい」だけじゃない。体型も見た目も、地位やお金や社会的持ち物など、他者の用意するモノサシに自分を当てはめなければと思わされる欲望がどこからでてくるか、という話。


だが、今日は食べ方について考える。
文化人類学的観点からみる、慎重になったほうがいいダイエット3か条ってのが興味深い。

その1:これさえ避ければいいという「タブー」を作るダイエット
その2:大胆な変身の物語を持つダイエット
その3:カリスマのいるダイエット (p.147より)

たとえば。
糖質制限とか脂質カットとか、強烈なタブーをもつダイエットがある。
糖質はダメって言われた瞬間に、これまで意識されなかった糖質を含む食材がわっと目の前に現れる。キャベツもニンジンも果物も制限対象。「絶対見ちゃダメ」と言われている日記が生活のあらゆるところに置かれている感覚になるわけで、糖質への渇望を逆に生む。

そういえばさいきん、たまむすびで山里亮太が言ってたな…「絶対言っちゃダメだよ」って枕詞のあとに続くのは、絶対言いたくなる話だって。

で、タブーの怖さはそれだけじゃない。
タブーを中心に食生活を変えるということは、タブーに触らない範囲で安心感を得るということ。それがいきすぎると、自分の持っている秩序を守らない他人を脅威に感じるようになる、と。タブーを共有しない他者を攻撃することで、自分の秩序が正しいことを主張したくなる、という。



でね、ジョコビッチ本もそうだけど、ダイエット本って変身の物語がついているわけじゃない。あの本の序章は、間違っていた食事をしていたときに試合中に身体がおかしくなった話と、それをやめたら18ヶ月でウインブルドンで優勝して世界一になったというドキュメンタリー。単純に身体にいい食事療法を伝えるだけなら、このくだりはいらないはず。じゃあどうして、劇的ビフォー・アフターな物語がついてくるかというと。

著者いわく、体型を変えたいと人が願うときは、そのむこうには変身願望がある。モテたいとか人気者になりたいとか健康になりたいとか。
変身の物語付きでダイエット方法が提示されたら、それは、ダイエットの結末を最初に教えてもらえるわけだから、モチベーションは高まるし、さらにそこにむかう方法が「あるものさえ避ければいい」というシンプルなものであればあるほどハマりやすい。


で、食べ物をカロリーや栄養素などの数字に還元しちゃうと、食べ物は色を失うし、「あなたをより美しく見せるために働くあなたの召使」になっちゃうのだけど、でもでも食べ物って「あなたと世界のつながりを作り出すための仲間のひとり」にしたほうがよくない? そんなことをやさしく教えてくれるのがこの本です。

うめざわ
*読めば読むほど、「イイネ幻想」に読めてくるんだ… 
今日は触れられなかったけど、「やせたらみんな褒めてくれたからやせたい」ってのは「《自分の身体が他者からの呼び声で満たされる》」という状態と表現されていて、それってSNSジャンキーとまったく同じことなわけじゃん。言いたいことじゃなくて、受けそう、映えそうなことを言っちゃうっていうさ。

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