秋に晴れた日の車内で
朝の通勤電車は、混雑と逆方向だから空いている。
立っている人もちらほらいるが、皆、座ろうと思えば座れる。いつも、そのくらいの混み具合だ。
今日も空いていた。僕は、ドア付近の端っこの席に座った。
最近は、せかせかと時間を惜しんで、ある本に夢中になっている。
でも、今朝は、「随分と晴れているなあ」と思って、その本は開かずに手に持ったまま、正面の大きな窓の外を見た。
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しばらくぼんやりと眺めた。
数日ぶりの青い空だった。
電車は、鉄橋に差し掛かると、
ガタン ゴトン ガタン、、、ガタン ゴトン ガタン、、、
とリズム良く音を立て、一級河川を渡って行く。
鉄橋を渡り終えると、電車はスピードを上げる。並行する県道を走る車を、追い抜いていく。
そして、ここからは、緑の多い、のどかな風景が広がる。遠くにみえる山が、ゆっくりと流れていく。
電車のモータ音だけが響く。心地よい揺れと、車内のあたたかさが、眠気を誘う。
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途中駅に着いた。
僕と反対側の正面のドアが開き、ベビーカーに子どもを乗せて、1人の母親が乗ってきた。
すると、真向かいに座っていた女性がぶっきらぼうに席を立った。
そして、無言のまま、つっけんどんに、スタスタと隣の車両に移っていってしまった。
母親に席を譲ったのだろう。不器用で、親切な人だと思った。
母親は、立ったまま、ベビーカーをUターンさせて、乗ってきたドアの前に構えた。
「次の駅ですぐ降りますから、お気遣い不要ですよ」という無言のメッセージを放っていた。車内の僕らへの心配りだ。
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子どもが泣いた。車内がにぎやかになった。
たぶん、この子は、さっきまで、母親に抱かれて寝ていたのではなかろうか。自分はお母さんに抱かれて寝ていると信じていたのに、目が覚めたら、ベビーカーの上で、視界に電車のドアが迫っている。もし、そうだとしたら、そりゃ、泣くだろうと思った。
母親は、「もうちょっとで着くからね。」という感じで、優しく子どもをあやした。
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車内の空気はいたっておだやかに感じた。
それは、たぶん、乗客の皆も、心の中でこの子をあやしているからではないかと思った。
左向かいにいて、分厚い本で勉強しているサラリーマンのおじさんは、
「どうしたんでちゅか~。お腹すいたんでちゅか~」
って、心の中であやしている。きっと。
今、おじさんの口元が緩んだように見えた。
僕の左側にいて、PCで作業している、おしゃれ学生は、
「子ども 泣き止む、方法」
って、PCで検索している。きっと。
ちょうど、PCのキーボードをカタカタと打ちはじめた。
右向かいにいて、1人でスマホいじっている女子高生は、
「カバンにつけたぬいぐるみで遊んであげたい!」
と思っている。きっと。
スマホをいじる姿に変化はないけど、心の中でそう思っているに違いない。
なんてことを妄想していたら、次の駅に着いた。
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親子は予想通り、その駅で降りた。
車内は再び静かになった。
左向かいのおじさんは本で勉強し、左側の学生はPCで作業し、右向かいの女子高生はスマホをいじっている。
僕の真向かいの席。女性が母親に譲った席。
その席は、まだ誰も座らずに空席のままだった。
なんとなく、朝の光に包まれて、やわらかく見えた。
こういう晴れた日は、たまにはのんびりと外の景色でも眺めて、ぼーっとするのも、いいかもしれないと思った。