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幻覚剤は「ダメ。ゼッタイ」ではない?(植田かもめ)

植田かもめの「いま世界にいる本たち」第10回
"How to Change Your Mind: What the New Science of Psychedelics Teaches Us About Consciousness, Dying, Addiction, Depression, and Transcendence"
(心を変える方法:意識、死、依存、うつ、超越体験について幻覚剤の新しい科学が教えてくれること)
by Michael Pollan 2018年5月出版
幻覚剤は役に立つのか
著:マイケル・ポーラン 訳:宮崎 真紀
亜紀書房 2020年5月26日発売

シロシビンという化学物質をご存知だろうか。

もし知らなくても、マジックマッシュルームに含まれる成分だと言えばイメージがわくかもしれない。シロシビンやLSDなどの幻覚剤は日本でも違法薬物であるが、実は米国や欧州で、終末医療などへの活用の研究が2000年代の半ばから再興している。

米国のジャーナリストであるマイケル・ポーランが著した本書"How to Change Your Mind"は、中立的な立場を保ちながら、多様な角度から幻覚剤について語る。本書は、著者本人の体験を含む「トリップ」(trip)の記録であり、幻覚剤の社会的・科学的な歴史をたどる「旅路」(journey)だ。そしてその先には、脳と心の関係についての問いかけがある。

心理療法としてのトリップ体験

1940年代にLSDを発見したスイスの化学者アルバート・ホフマンは、LSDを「私の問題児」と述懐している。LSDをはじめとする幻覚剤はヒッピー文化などと強く結びつき世界中で大流行したが、70年代初頭までに違法薬物となった。

しかし、マイケル・ポーランが「ルネサンス」の始まりの年と呼ぶ2006年以降、幻覚剤を用いた臨床試験が数多く行われ、心理療法としての効果が報告されている。

60年代の「第1の波」との違いは、医師や研究者の適切な監督下で、特定の医療目的のみに幻覚剤を利用していることだろう。ポーランはこれを「科学的に管理された方法で、非科学的な超越体験をさせている」と逆説的に語る。

本書では、末期がん、アルコール依存症、重度のうつ病の患者のケースを紹介している。効果の有無も感想も千差万別ではあるが、シロシビンによるいわゆるトリップ体験で、宇宙飛行士が地球を外から眺めて畏敬の念を抱くように、「私」(エゴ)が解体されて、死や困難を受け容れられるようになるというケースが見られる。

医療活用の先にあるもの

本書に登場するシロシビン研究者の多くは、医療活用の先に、さらに野心的な目標を見すえている。

まず医療活用によって薬物のイメージを変えて、やがてレクリエーション目的での利用を合法化する。それが、推進派にとっては、大麻について近年実践された「勝ち筋」(winning strategy)である。

この点、ポーランは単純な合法化には反対だと語る。いわゆるバッド・トリップの危険があり、周囲とは切り離された環境で、監督者のもとでのみ利用すべきと考えるためだ。

安全性の議論についてこの記事では詳述しないが、幻覚剤が脳と心の関係を研究するための情報を提供するという点は間違いないと思う。スティーブ・ジョブスやビートルズがLSDにハマっていた時代にはなくて、現代にあるもの。それは脳科学の発展である。ポーランは本書のうちの1章を「神経科学」と題して、幻覚剤の使用時に脳で何が起こるかを語る。個人的にはこの章が、読みながら部屋の中をうろつき回るくらいワクワクした章なので、以下に要約して紹介したい。

幻とのつきあい方

幻覚剤によってトリップした脳では、各部位の神経回路が連絡を取り、新たに結びつく。

そう書くと、幻覚剤が脳のはたらきを「活性」させているように聞こえるかもしれない。でも実際は逆だ。本書で紹介される研究によれば、幻覚剤は脳のあるはたらきを「抑制」する。

それは「デフォルトモードネットワーク」(DMN)と呼ばれる神経回路である。デフォルト、という名が示すように、これは脳が「なんとなくぼんやり」しているときの神経活動を指す。実は、脳はこの状態の維持に大量の血流や酸素を消費している。

何かに注意を払うときの神経回路と、このDMNとは、シーソーのような関係にあるとポーランは語る。DMNが活動するときは他の活動は抑えられている。逆もまた然り。

いわばDMNは、視覚や聴覚などの感覚情報に対するフィルターとして機能している。そして、シロシビンやLSDはこのフィルター機能を弱める。すると、脳が処理しきれないほどの感覚情報が流入して「幻覚」を起こす。

さて、ではどうして、普段の脳は情報をフィルターして流入をおさえているのだろう。その方が「効率的」だからだとポーランは語る。普段の脳は「予測マシーン」(prediction-making machine)だ。たとえば私たちは顔の一部が見えただけでそこに顔があると理解する。それは、少ない情報から脳が効率よく「予測」しているためである。

つまり、私たちが知覚しているものは、通常時であっても、現実そのものではないのだ。視覚や聴覚などのデータと記憶から、脳が「予測」して作り上げた幻想。それが私たちの普段の意識である。

だとすると、幻覚剤によるトリップとは、現実から幻想への飛躍ではなく、ある幻想から別の幻想への切り替えだと言えるかもしれない。

ポーランは問いかける。「予測」という機能に特化した私たちの意識は、十分に働いて、普段は効率的に仕事を片付けてくれる。でもそれは、生きるための唯一最良の意識なのだろうか?

誤解のないように書くと、これは「すべては幻だから幻覚剤をいくらやってもかまわない」といった意味ではない。でも、もし普段の意識が暴走して依存やうつといった状態を固着させているなら、「スノードームを揺らすように」(shaking the snow globe)、別の意識への切り替えを一時的に行うことが有効なのかもしれない。本書はそんな問いかけをしている。

マイケル・ポーラン著"How to Change Your Mind"は2018年5月に発売された一冊。幻覚剤を通じて、脳と心の関係について考える本。ニューヨーク・タイムズ誌が選ぶ2018年のベスト本10冊にも名を連ねている。

執筆者プロフィール:植田かもめ
ブログ「未翻訳ブックレビュー」管理人。ジャンル問わず原書の書評を展開。他に、雑誌サイゾー取材協力など。
Twitter: http://twitter.com/kaseinoji
Instagram: http://www.instagram.com/litbookreview/

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