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【読書】『酒を主食とする人々』を読んで常識を崩壊させる【デラシャ】

入院しながらにして世界を旅したかのような気分になれると自分の中で話題の高野秀行氏の本だが、このたび新刊を発売したらしい。

題名は『酒を主食とする人々』。

表紙の子供は酒らしきボトルを手に微笑んでいる。

いやもう速攻で購入し、他の積読たちを完全に放置してあっという間に読破した。


なお今回はエチオピアの旅行記だそうで、そこに至る理由は高野秀行氏が偶然出会ったとある本に端を発する。

それが『酒を食べる-エチオピアのデラシャを事例として (砂野唯 著)』だ。

(めっちゃ高騰してるので電子化してほしい)

砂野氏の本に書かれていたのは、『エチオピア南部のデラシャという民族は栄養分の大半を酒から得ている』という驚愕の事例だった。

彼らはアルコール度数3〜4%の酒(パルショータ)を一日5リットルも飲み、それでいて筋骨隆々としているらしいのだ。

酒は百害あって一利なし」という研究結果が出たことで、アルコール摂取に対して擁護の声など無くなった気がする今の世の中では、信じがたい情報である。

なにせ現代においては、子供はもちろん妊婦だってアルコール摂取なんて絶対NGというのが定説だ。


しかしデラシャの人々は、大人どころか子供までもが朝から晩まで酒を飲んでいるのにも関わらず、問題なく生活できているという。

一体どういうことなの……!?


というわけで、ちょっとだけこの本を紹介しよう。

※(試し読みもあります)↓


【エチオピアに行くまでの騒動】

自分が高野秀行氏の本で好きなことの一つが、その国に行くまでの準備過程を語ってくれるところだ。

例えば、その国の言語を学ぶために国内にいる「〇〇語の話者」を探して言葉を学んだりだとか、出国前のトラブルの話だとか、もはや現地に行く前から色々あるのが毎回楽しい。(まさかの入国出来ない場合もある→ウモッカ


なお今回はビザの問題で予定していた飛行機に乗れなくなるというトラブルが発生するのだが、そこで生まれた暇な時間を使って葛飾区にあるエチオピア料理店に行ったことで、これまた大問題が起きる。

それがインジェラアレルギー

いやそもそもインジェラって何なのという話だが、インジェラはイネ科の穀物であるテフの粉を使ったクレープみたいなもので、エチオピアの主食である。

(最近では栄養面で優れていてグルテンフリーなスーパーフードとしてセレブに人気らしい)

インジェラ
(乳酸発酵させているので酸味がある)

実は高野氏はこれまで海外で凄まじい下痢と嘔吐に襲われたことが何度かあり、「これってインジェラのせいなのでは?」と考えていた。

その疑惑をしっかり確証に変えるべく、高野氏は葛飾区のエチオピア料理店で実験してみることにしたのだ。(出発前のタイミングで!?)


そしてなんと、結果は見事にアウト

高野氏はその日のうちに救急車で搬送されることとなり、1週間後には下痢と胃腸の不良に悩まされる体でエチオピアへと旅立つことになるのだ。


なんかもう到着前からエピソードが濃すぎて最高である。


【利尿作用で脱水になるのでは?】

ところで、お茶やコーヒー、そしてお酒の利尿作用は凄いというのは現代人にとって周知の事実だ。

お酒を飲むと逆に脱水症状になるよ!!

夏はお茶なんかじゃなくスポーツドリンクを飲みなさい!!

こういうのは定番のアドバイスである。

ポカリスエットの公式サイトでも、「1000mlの酒を飲んだら1100mlの尿が出たそうです」「アルコール分解には多くの水分が必要です」と言っている。

そうなると、「本当に酒ばっかり飲んでいても大丈夫なのか?」という疑問が出るのは自然なことだろう。

だって酒を飲んだら余計に水分が失われるはずなのだから。


なお高野氏が今回エチオピアに訪れたのは10月で、首都のアジスアベバは最低気温が8℃くらいになるという。

(10月で気温8℃とか何事だよと思ったが、南半球だからか…?)

いや、赤道はもっと下だからここは北半球!
アジスアベバの標高は2400mなので標高のせいだね!!(コメント欄参照)

エチオピアの首都アジスアベバの位置

だがこれはあくまでもアジスアベバの気温であり、高野氏が向かうエチオピア南部は、普通に最高気温が30℃を越える

いやもう普通に暑いし、そんな中で農作業をしながら1日中酒を飲んでいたりなんかしたら、やっぱり脱水症状で死にそうである。


だがしかし、昔の船は飲み水代わりに酒を積んでいたという話も有名だ。

もし本当に飲んだ量より出る量が多いなら、船乗りたちはみんな脱水症状になって干からびていたことだろう。

ふむ……?


【クレイジージャーニーのカット部分詰め合わせ】

ところでそもそもの話、この旅は高野氏がTBSの有名番組であるクレイジージャーニーのスタッフに声をかけられたことで実現している。

たしかこの「酒を主食とする民族」の回も既に放送されているはずだ。

そう聞くと、「じゃあもうこの本読む意味なくない?」と思ってしまいそうだが、実はテレビで放送されていたのは、この旅の序盤も序盤の映像だけだったのだ。


テレビ番組の放送時間には限りがあるし、ややこしい事情ゆえにカットした部分や、放送するのを躊躇する絵面などの理由によって放送出来ない場面が多々存在したのである。

・ヤラセで問題になったクレイジージャーニーのスタッフが食らわされた、『劇団デラシャ』によるあれこれとは……!?

・多数派民族少数民族が同じ場所に居合わせることで起こる諸問題とは……!?

・部屋に潜むすごい量の不快虫!!(こりゃ放送できないわ)

カットされたあれこれの一例

実際に本を読み終わった今、本当にカットされた部分が大半だったんだなと思いつつ、この込み入った内容をテレビの限られた時間内で理解させるのは無理だわとも思う。

たっぷり情報を盛り込めるって、やっぱり大事……!!


そんなわけで、とてもおすすめの本である。

なんだかこの本を読んでいると、やはり自分の中の常識なんてものは他の場所では役に立たないんだなとあらためて思う。

少しは柔軟に考えるように努めていたつもりだが、凝り固まった考えは自分の頭の中にまだまだたっぷりあるようだ。

(柔軟すぎた結果、変な陰謀論に傾くとアレなので難しいのだが)


そういえば自分は過去に、「もう食事とか完全栄養食ドリンクで良いんじゃないか…?」なんて思った事があった。

しかし考えてみれば、デラシャの人々はまさにこれを実行に移しているのかもしれない。

彼らが飲んでいる酒(パルショータ)は、ご飯的な要素と水分補給の両方を兼ねており、水分も摂れる完全栄養食と言えるのだから。


そして固形物じゃないので消化もしやすいだろうし、気分もアルコールで上がりつつ、彼らは毎回の食事を考える手間も必要ないし、他の人との食事の格差に悩むこともない。

なんだかそう考えると、酒が主食というのは非常に合理的に思えるし、完全栄養食で済ませたい人が目指すべきだったのは、もしかしてパルショータだったのではないか……?

(先進国の生活には致命的に向かなそうだけど)


兎にも角にも、こうやって自分では絶対無理だわと思う場所へ実際に向かい、情報をしっかりと整理して、それを本にして公開してもらえることに感謝しかない。

入院しながらにしてエチオピア南部に行ったかのような気分を味わうことができて、とても楽しい時間を過ごせた。


未来国家ブータン」のときも思ったが、やはり高野秀行氏の本は読みやすいし、面白いし、なにより学びがあるな……!

もし自分が子供の頃に高野氏の著作に出会っていたら、確実に進む方向も変わっていたことだろう。

いや、今からだって世界に出ようと思えばできなくはないか……?

・・・

うーん、やっぱりあの虫事情を知っちゃうと無理だわ!!!


今の自分は、この『清潔が保たれた病院のベッド』の上で本を読むくらいがちょうどいいのだろう。

世界を知り、今居る場所に感謝する。


これもまた、学び……!


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aosagi
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