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市場課題を“見つける”のではなく“生成する”とは?『クリティカル・ビジネス・パラダイム』読みどころ紹介
サステナビリティへの関心が高まる中、短期的な利益だけではなく自社の存在意義として社会貢献を重視した経営(パーパス経営)が求められています。
スタートアップ経営や新規事業の創出に取り組む際も、そのビジネスの社会的意義を問われるケースがあるのではないでしょうか?
しかし“利益”と“社会貢献”の両立は簡単ではなく、その手段や内容は多岐にわたります。
解決したい社会課題をどのように設定し、ビジネスとしても成立させていくのか。その具体的な実践方法やマインドを知りたい方に今回おすすめしたいのが『クリティカル・ビジネス・パラダイム 社会運動とビジネスの交わるところ』です。
著者は独立研究者、著作家、パブリックスピーカーの山口周氏。電通、ボストンコンサルティンググループ等で戦略策定、文化政策、組織開発などに取り組み、現在はライプニッツ代表を務めるほか、『世界で最もイノベーティブな組織の作り方』『ビジネスの未来』など多数のビジネス関連書籍を執筆しています。
21世紀から存在感を高めている企業に共通する「奇妙な特徴」とは?
新規事業策定の際、古典的なマーケティングセオリーでは、ターゲット顧客の「満たされていない欲求」を特定することから始めるもの、と著者は言います。
しかし、テスラやGoogle、Patagonia、アップル、Airbnbなど21世紀から存在感を高めている企業のビジョン・パーパスには「顧客」や「市場」という概念が含まれておらず、「戦略論やマーケティング理論の定石とは異なる思考様式でスタートしている」ことについて言及。例えば、既存の検索エンジンに大きな不満を抱く人がほとんどいない時代に「世界中の情報を整理して情報格差をなくす」と提言したGoogleのように、誰もが多少の不便を感じつつも受け入れていた習慣や常識を批判し、新たな社会のあり方を提言することで「市場に存在しない問題を生成」したことが、短期間で急成長を遂げた理由だと述べています。
このように古典的な理論で説明がつかないような事例が増えている状況を著者は「パラダイムの転換」が近づいていると捉え、その新しいパラダイムのことを本書では「社会運動・社会批評としての側面を強く持つ」ビジネス(クリティカル・ビジネス・パラダイム)と呼んでいます。
この「クリティカル・ビジネス・パラダイム」についてもう少しかみ砕いてみると、従来のビジネス・パラダイムでは、市場の声に耳を傾け顧客のニーズに応えることを主な目的として実践してきたのに対し、「クリティカル・ビジネス・パラダイム」は社会的な意義が強く、市場を教育・啓蒙する役割をもち、解決策を提示し行動を起こすことで社会の価値観をアップデートしていくものと捉えることができます。そして、本書で著者は従来との大きな相違点を2つ挙げています。1つ目の違いは、全面的に肯定される顧客が「クリティカル・ビジネス・パラダイム」では批判・啓蒙の対象となることです。
一例として自動車市場を取り上げ、本来であれば自動車は進化することで「軽く、小さく、静か」になるはずが、他者よりも優位な立場を示したいという欲望を満たすため「大きく、重く、うるさく」なっていることを指摘。
このように顧客の欲求に応え続けていると、やがて社会全体の風景をルーズな方向に導いてしまうことや、市場のグローバルな競争力を失ってしまうことについて言及するとともに、本当の意味での顧客思考とは「顧客の要求の水準をアップデートするような教育や啓蒙を行うこと」であると述べています。
そして、2つ目の違いとして従来のビジネスでは顧客と企業の関係を主従関係で表すことができるのに対し、「クリティカル・ビジネス・パラダイム」において顧客は社会課題解決を目指すパートナーになることを挙げています。
例えば、顧客は商品やサービスを単に購入する存在ではなく、ビジネスの価値やメッセージに共感し、自ら発信者となってブランディングなどに貢献する協力者であることや、企業活動が理念や価値観から逸れた際、迅速に修正するために重要な顧客のフィードバックを提供するなど、企業をサポートするパートナーの役割を果たすことについて述べています。
クリティカル・ビジネスの多様性を実例から学べる
クリティカル・ビジネスを体現するストーリーとして本書の中で印象的なのが、2013年にアムステルダムで創業したスマートフォンのスタートアップ、フェアフォン(Fairphone)の事例です。
同社はアップルやサムスンといった既存スマートフォンメーカーの巨大な権力に怯むことなく、「修理に関するルール」や、「新商品を頻繁に買い替えるような消費のスタイル」を問題視し、「修理する権利を取り戻す」という社会運動の側面を持ったビジネスを展開。
このように、多くの人が歯向かうことなく諦めていたことに声を上げるなど、様々な点で「クリティカルさ」を見出すことができる中でも、著者は「設定した「敵の巨大さ」」が最もクリティカルであると言います。
そして、そのクリティカルな提言に賛同した人たちが顧客を中心にステークホルダーとして集い、社会運動として発展していった結果、世界各地で修理に関連する制度の見直しが進み、EUやニューヨーク州では「修理する権利」を保護する制度化にまで結び付けたそうです。
本書では、ほかにもフォルクスワーゲンやPatagonia、テスラ、The Body Shopなど日本でも有名な企業の事例や、バングラデッシュの貧困層、特に女性に低金利の無担保融資を提供するとともに、顧客の生活様式・生活習慣を改善にまで踏み込んだグラミン銀行(Grameen Bank)などの事例も紹介されており、世界におけるクリティカル・ビジネスの実践例とその多様さを知ることできます。
著者はクリティカル・ビジネスの「クリティカルさ」には多様性があると述べ、7つの類型に分けてこれらの豊富な事例を取り上げているので、自身が今携わっているビジネスや構想しているビジネスアイデアが、どのパターンの「クリティカルさ」に当てはまるのかを整理することにも役立てられそうです。
また、本書ではクリティカル・ビジネスを実践する仲間(アクティヴィスト)20名へのBEI(活動事例面接)を通じて得られた、共通する思考・行動様式を紹介しています。多くのアクティヴィストが難しいアジェンダを掲げる理由や、「グローバル・ニッチ」へ方向転換する必要性、敵対するエネルギーの活かし方、同志を集める重要性といった内容を10のテーマに分けて詳しく解説しているので、自身の行動やマインドを見直したり、自社の戦略やブランディングに取り入れられそうなポイントを考えてみるのもおすすめです。
ビジネスの賛同者を増やし、大きな運動に変えていくためのヒントが学べる
本書の後半では、クリティカル・ビジネスを社会に生み出すための最大のカギとなるステークホルダーである「私たち市民の一人一人」にできるチャレンジを考察しています。例えば、クリティカル・ビジネスはその批判や啓発への賛同者がいなければ立ち行かないことからフォロワーの存在が重要であり、本当は少数派の意見に賛成なのに多数派から孤立することを恐れて声を上げられない人もいるため、「賛意を表明する最初の人」=「ファーストフォロワー」になることの重要性とチャレンジについて紹介しています。
ほかにも、フォロワーが積極的に「情報の拡散と共有」をすることや、共感するクリティカル・ビジネスの商品・サービスを積極的に利用すること、利用からもう一歩踏み込んでクリティカル・ビジネスのイニシアチブにできる範囲で関与すること、ネットワークやコミュニティ形成にチャレンジすることなどを説いています。
人それぞれすぐに実践できるものや難易度が高いものがあると思いますが、具体的なアクションの打ち手が幅広く書かれている点が参考になります。また、起業家やスタートアップにとっては、自分たちのビジネスへの賛同者を増やし、大きな運動に変えていくためのヒントとして読み解くこともできると思います。
SDGsのアジェンダの18番目に何を掲げたいか?
本書ではクリティカル・ビジネスの核心をなす要素として「少数派であること」を挙げています。なぜなら、多数派のコンセンサスが取れたアジェンダに取り組むのは容易なことであり、「先行者のいる市場に後発として参入する」のと同じであるため、ビジネス的にもブランディング的にも魅力的ではないからだと言います。著者は、多くの人がすでに認めているアジェンダに取り組むソーシャル・ビジネスとの違いも明らかにした上で「多数派のコンセンサスがいまだ取れていないアジェンダ」に取り組むことの重要性を説き、「SDGsの17個のアジェンダについては実行あるのみ。ところで、あなたは18番目に何を掲げたいですか?」と問いかけています。
そして、著者は日本社会にとっての最大のチャレンジは「逸脱者によって多数派の規範がアップデートされる「開かれた社会」を築く」ことだと述べています。日本社会は秩序が保たれている一方で、わずかな逸脱も許さない不寛容さが根付いていることから、安全や秩序を保ちながらも逸脱者によって規範をアップデートできるような「開かれた社会」を目指すことを提言しています。秩序と逸脱をトレードオフで考えるのではなく、同時に成立する社会を築いていく。そのような視点を持つことも、日本でクリティカル・ビジネスを実践していく上で重要かもしれません。
著者は昨今、世界中で盛り上がっている「このビジネスに社会的意義はあるのか?」という「ウンザリさせられる問い」への回答として、クリティカル・ビジネス・パラダイムの勃興によってそれは可能になると提唱しています。
自社の社会貢献活動やパーパスの実践に課題を感じている方や、より大きな取り組みへと発展させていきたいと考えている人にとって、本書は数多くのヒントを与えてくれる一冊だと思います。