AIネイティブ時代。どんな未来を残すつもりなのか?『シン・ニホン』読みどころ紹介
ChatGPTやMicrosoft Copilotなど、便利な生成AIサービスの登場で、AIの技術革新はより加速し、企業でも様々な業界・シーンで生成AIの検証や導入が始まるなど、身近に感じる機会が増えたように思います。
今回ご紹介する『シン・ニホン AI×データ時代における日本の再生と人材育成』はまだChatGPTが一般公開されていなかった2020年2月に刊行された本ですが、まさに今データ×AIの進化によって起こっているような世の中の「確変モード」の到来を見据え、データ×AI時代によって私たちの未来はどう変わるのか、その上で私たちはどうあるべきなのかを解説した書籍。今、「目の前にある生成AIをどう使えばいいのか?」という小手先の対応ではなく、より良い未来を創るためにデータ×AIをどう考え、どう行動すべきなのかを知りたい人にとてもおすすめの本です。
著者の安宅和人氏は東京大学大学院生物化学専攻の修士課程修了後にマッキンゼーへ入社し、その後イェール大学で博士号を取得。刊行当時、慶應義塾大学の教授を務めながら、ヤフーのCSOとしても働いている人物。内閣府総合科学技術イノベーション会議の基本計画専門調査会委員や、官民研究開発投資拡大プログラム「PRISM」のAI技術領域の運営委員などを通じて、国のAI×データ活用にも関わっています。
令和6年版の情報通信白書によると、日本、米国、中国、ドイツ、英国の中で日本の生成AIの利用経験は一番低く、米国が46.3%に対し9.1%となっています。潜在的なニーズはあるはずなのに日本が他国と比べて生成AIが浸透していない理由は何なのでしょうか。
本書を読むと、その理由が少し理解できるような気がします。
やるべき当たり前のことをやらずに、世界の潮流に乗り遅れた日本
著者はデータ×AI時代の世界的な変化を伝えた上で、多角的なデータを交えて日本が世界の潮流から遅れを取ってきたことを明らかにしていき、「今の日本はイケていない」というシビアな現実を提示します。
世界の変化で言えば、2007年の企業価値ランキングと比べて、2019年にはGAFAMをはじめとするデータ×AIを有効活用している企業に大半は入れ替わり、さらに上位に来ている企業は米国が誇る大企業(GE、IBMなど)ではなく、全く見えないところから新しいゲームが始まっていると言います。そして、日本企業は3大自動車メーカーの中で1位を誇るトヨタをはじめ、オールドエコノミーの多くではまだ強さを発揮しているものの、「企業価値ベースで国同士を比較すると完敗している」と述べます。
さらに、国が生み出す付加価値の総和であるGDPは世界的に見るとアップトレンドですが、「日本だけが伸ばせないという若干衝撃的な状態が25年ほど続いている」という事実も指摘。特に一人あたり生産性の実数は長らく伸びておらず、世界的に生産性が高まってきた15年ほどで「我が国は半ば一人負け、もしくはゲームが始まったことに気づいていないと言ってもよい状況にある」とのことです。
これほどまで日本が負け続けた理由について、安宅氏はICTの分野以前に「日本の大半の産業はやるべき宿題をやっていない」と述べ、単身を除く世帯のほぼ3世帯に1つが貯蓄(金融資産)を持っていないことや、最低賃金が低く、しかも正規労働者とのギャップが特に大きな国の一つであること、才能と情熱があるのに発揮されていないシニア層や若者の問題、男女の役割分担が明確なインドや韓国よりも男性の家事・育児労働時間が短く女性が価値を生み出す時間が解き放たれていないこと、女性のリーダー層が極端に少ないことなど、様々なデータを用いながら、産業が本来当たり前にやるべきことを解説。
特に著者は日本のGDPに占める人材育成投資比率がG7と比較してかなり低いことを問題視しており、「最大のリソースである人に投資することなく、どうやって未来を生み出すのだろうか」と、人の育成・再生に大きな課題と伸びしろがあると語っています。
また、安宅氏は科学・技術分野における論文数で中国が世界一になった2016年に日本はインドに抜かれたことや、世の中を変えている計算機科学分野の大学世界ランキングで東大が135位と100校以内にも現れないことなど、日本の大学のプレゼンスが様変わりしたことを客観的データとともに説明。そして、なぜここまでデータ×AI分野で日本が立ち遅れたのかということについて「データ量と空間づくり」「データの処理力」「エンジニア、専門家」という3つの視点で勝負になっていないことに言及し、「このまま経済的な推進力を失ってしまえば、この国はそれほど遠くない未来には半ば中進国になることが見えている」という危機感を示しています。
データ×AIの出口産業に日本の勝機がある
データ×AI化が進む世界で出遅れた日本。この危機的な現状に対して、どうすればより良い未来を創っていくことができるのか。著者は「僕らはどのようにすれば今の子どもたちやその子どもたち、また50年後、そして100年後に対してよりまともな未来を残すことができるのか」というような積極的な問いこそ我々が本当に考えるべきイシューだと述べ、具体的な日本の勝ち筋を解説しています。
例えば、データ×AIには、音声や画像、言葉のような様々な情報をどう理解し、識別するのかという「入口」の領域と、ヘルスケアや金融などの産業用途や物流・マーケティングといった実際の課題解決に活用する「出口」の領域に分けられることを紹介。この出口側の作り込みやカスタマイズには、日本の持ち味の一つといえる「現場、顧客に寄り添う力」を活かすことができ、出口特有のデータを作る上で「日本はほぼすべてのオールドエコノミーをフルセットで、世界レベルで持つ数少ない国の1つ」であることから、日本にもチャンスがあることを説いています。
一方、安宅氏は「そもそもAIなどを議論する、活用する用意ができていない」ことが日本社会のボトルネックだとして、まずは新しい技術の利活用に対するマインドセットや人づくり、データ環境の整備、リテラシーやデータ処理能力の向上などを進めるべきだと提言。その上で、国が推進するSociety5.0でも触れている日本の「妄想力」が強みだとして、本書のタイトルの着想元にもなっている映画『シン・ゴジラ』に出てくる「この国はスクラップ&ビルドでのし上がってきた。今度も立ち上がれる」というセリフを引用しながら、「すべてをご破算にして明るくやり直す」「圧倒的なスピードで追いつき一気に変える」「若い人を信じ、託し、応援する」「不揃いな木を組み、強いものを作る」といった日本の勝ち筋によってゲームチェンジを仕掛けることができることを詳しく解説しています。
誰も目指さないことに熱狂する「やばい人」が未来を創る
ここまで紹介してきた世の中の潮流や日本の現状と課題、日本の勝ち筋を踏まえた上で、具体的にどうあるべきなのか?何をすべきなのか?その上で「どのような人づくりの変容が求められているのか」のヒントを広く深く学べるところも本書の読みどころ。
例えば、人材育成の視点では、「この面白い時代局面で価値を生み出せる人と場を生み出す」ために0→1を創造できることが最も影響力が強く、冨も握ることができると言います。
これまではトップシェアを取るような大量生産でボリュームを生むことが価値の源泉だった時代から「人が乗る走るスマホ」を世に出したTeslaやiTunes、iPod、App Storeのような「人間とインターネット、そして計算機がリアルタイムでつながる世界」を生み出したAppleのようにこれまでと真逆の価値創造の世界が来ていると述べています。
そしてこのような未来の創造に向けて、著者は普通の人とは異なる「異人」の存在が、イノベーションのカギを握ることについて言及。多くの人が目指さないいくつかの領域でやばい人、夢を描き、複数の領域をつないでカタチにできる人、どんな話題でも自分が頼れるすごい人たちを知っている人などの特徴を挙げながら、「異人」になるために必要なマインドセットを紹介しています。
それと同時に、ただ異人であるだけでは成功することは難しいと言います。「運、根気、勘」に加え、何か面白いことを仕掛けたいと思ったときに誰かに助けてもらえることができる「人としての魅力」を育てることが頭の良さよりも大切な生命線の一つであるとのこと。そして、それらの素質を備えていれば「世の中に目が覚めるような変化を仕掛けることは若者にも十分に可能だ」と、トーマス・エジソンやアルベルト・アインシュタイン、スティーブ・ジョブズなど若くして世の中にイノベーションを起こしてきた人物を挙げながら解説しています。
他にもデータ×AIの力を解き放つスキルセットなどデータ×AI時代にイノベーション創出を目指す上で必要なスキルやマインドセットの話題が充実しているので、スタートアップ経営者や新規事業に携わる人など、これから未来を創っていこうとする人たちにとっても参考になる内容だと思います。
「生み出したい未来」を創るためのマクロな視点が得られる
また、本書の最終章ではデータ×AI時代に必要なスキルやマインドセットの話にとどまらず、地球環境の現状に視点を広げて私たちが向き合うべき課題を明らかにしています。例えば、海面上昇問題や水産資源の枯渇、森の多様性喪失、人間のCO2排出に起因する余剰熱エネルギーの増加などの課題に触れながら、「成長の前に星がもたない」ことを指摘。そうならないためにはまったく新しいアプローチが必要であり、国連が掲げているSDGsにはそういった前提が含まれているとのこと。新しいテクノロジーを活用して目指すべき世界と、SDGsが目指すべき世界の共通点を整理しながら、「2つの活動の交点こそを狙うべきだ」と我々の目指すべき未来の方向性を提言しています。
ほかにも、人口減少を無条件で問題とするのではなく、技術革新のドライバーの一つとして捉えることや、課題解決には「病気を健常状態にする」や「故障の原因解明」のように、あるべき姿が明確な「ギャップフィル型」と、「芸能人を目指す若者がどういう姿になりたいのか?」のように、あるべき姿から定める必要がある「ビジョン設定型」の2タイプあり、後者こそが「データ×AI時代に人間に求められる真の課題解決」であることなど、未来を考えるための新しい情報の捉え方のヒントが様々な観点から示されています。
ここまで本書の読みどころをお伝えしてきましたが、著者自身が「扱っているテーマが極めて広範」と述べているように、この本は非常に多岐にわたる論点をカバーしているため、読者の興味関心や置かれている状況によって、心に残るポイントは変わるのではないかと思います。
今盛り上がっているデータ×AIを局所的に捉えるのではなく、日本や世界、地球といった大局的な視点から「我々がどのような未来を創っていくべきか」と捉えたとき、私たちがより良い未来を創るためにデータ×AIにどう取り組むのか、そしてそこに大きな可能性があることを気づかせてくれる一冊だと思います。データやAIに関わっている人はもちろん、そうでない人も含めて多くのビジネスパーソンにおすすめしたいです。