お魚というと、美味しいだけではなく、EPAやDHAが豊富に含まれることや旬を味わうことができる一方で、近年の高値の影響や、自宅での下ごしらえの手間や臭いなどが気になることから、なかなか購入が難しいと感じる人もいるのではないでしょうか?
今回は、「魚を食べたい消費者」に寄り添い、売上を伸ばしている角上魚類について、その経営の極意を「食品商業」副編集長 三浦慶太さんにレポート頂きました。
「日本人の魚離れが進んでいる」とよく耳にします。でも本当にそうなのでしょうか?
鮮魚専門店チェーンの角上魚類の売上の伸びを見ていると、そう思わざるをえません。同社の直近5年間の売上高は、2018年度が約327億円だったのに対して、2022年度には400億円を突破しました。5年前より122%も伸びています。ここで注目すべきは、店舗数は変わらず22店舗のままであること。つまり店舗数を増やさずに売上を大幅に伸ばし続けているのです。この事実を見れば、少なくとも角上魚類の店がある地域では、魚離れどころかむしろ魚の消費量が増えていると想像できます。
本稿では、快進撃を続ける角上魚類の「魚商売の極意」に迫りたいと思います。
角上魚類は創業者の栁下浩三氏により、新潟の日本海に面した漁師町、寺泊町(現長岡市)で創業されました。栁下氏の生家は江戸時代から続く網元兼魚卸商の「栁下商店」で、栁下氏が家業を継いだときは魚屋や料理屋への卸売りだけで、小売りはしていませんでした。
当時はスーパーマーケット(SM)が台頭した時代で、栁下商店の卸先だった小売店が減少し、卸売りの業績は思わしくない状況でした。そうした中で、栁下氏は小売りに進出することを決意します。直接のきっかけになったのは、1973年に新潟市の万代シテイにオープンしたダイエー新潟店でした。栁下氏が鮮魚売場を見に行ったところ、魚の値段が「非常に高い」と感じ、「自分が小売りをやれば、はるかに安い値段で売れる」と考えました。
こうして、寺泊の海岸通りに1号店となる「角上魚類 本店(以下、寺泊本店)」を開店しました。店名は栁下商店の屋号「角上(カクジョウ)」にちなみました。売場面積は20坪。1974年11月のことでした。
昔ながらの魚屋、そこから
生まれた「四つのよいか」
寺泊本店で栁下氏が目指したのは、「昔ながらの魚屋」でした。
豊富な魚種を品揃えし、丁寧な接客を心掛け、値段はSMよりもはるかに安い。「昔ながらの魚屋」を体現した寺泊本店には、地元はもとより広域からもお客様が押し寄せ、大繁盛しました。
栁下氏は魚を買って喜ぶお客様の姿を見ながら、魚屋としてどうすればお客様に喜んでもらえるか、そして、どうすれば店としてその状態を維持できるかについて考えました。それが当時から現在まで、角上魚類の“店舗運営原則”として極めて重要な役割を果たしている「四つのよいか」です。
お客様に対する姿勢を表す
「社心」と「行動指針」
「四つのよいか」は角上魚類の店舗運営原則です。その一方で、お客様に対する姿勢を表したものが「社心」です。
社心を作って一年ほど経った頃、栁下氏は社心を具体的な行動に落とし込む必要があると考えて、さらに「社心の行動指針」を作りました。これは各店舗の朝礼で暗唱されるなど、お客様に接する際の心構えとして定着が図られ、日々の営業の中で実践されています。
店舗運営原則の「四つのよいか」、お客様に接する心構えを定めた「社心」と具体的な行動に落とし込んだ「社心の行動指針」。これらが角上魚類の根本原理として従業員に浸透し、現場で徹底されていることが、同社の成長の根幹を支えているといってよいでしょう。
驚異のロス率「0.05%」を
実現する仕入れと売り切り
ここまで、栁下氏の言葉から角上魚類の経営理念や商売の考え方について紹介してきました。ここからは、具体的な商売のやり方やノウハウについて見ていきたいと思います。
角上魚類の商売の大きな特長は、圧倒的に低いロス率です。角上魚類のロス率は、全店平均で約0.05%。SMでは鮮魚部門のロス率は平均で7〜9%前後といわれます。0.05%という数値がいかに低いかが分かります。
ロス率が極めて低いということは、当日仕入れた商品を当日中に売り切り、鮮度劣化による値下げや廃棄がほとんどないということです。これも昔ながらの魚屋の商法ですが、全22店舗でそれを実現し、日々徹底し続けているところが角上魚類のすごいところです。
魚屋の魅力をつくる
対面販売の接客
角上魚類のもう一つの大きな強みは、店舗の持つ「販売力」です。「販売力」には陳列や売場の演出、魚の加工技術、自家製品の商品開発力なども含まれますが、その中でも対面販売コーナーの接客には一層力を入れていると感じます。
角上魚類では2カ月に一度の頻度で覆面店舗調査を実施し、その評価に基づいて個々の従業員を表彰する「接客マイスター」「レジマイスター」制度を導入しています。こうした取り組みなどによって、接客力を磨き続けていることが角上魚類の販売面での大きな強みになっています。
次世代に託す
未来の角上魚類
栁下氏は、今期をもって持株会社である角上魚類ホールディングスの代表取締役会長兼社長を退任することを表明しています。後継者には息子の栁下浩伸氏が就任することが決まっています。角上魚類の未来をどのように思い描いているのか最後に伺いました。
角上魚類の本社には、全国各地から出店を要望する手紙がたくさん届いているそうです。23店舗目の出店がいつになるかはまだ分かりませんが、次代の角上魚類を象徴する店になることは間違いないでしょう。そして、そこには創業当時から変わらない、魚を買って喜ぶお客様の笑顔が溢れているはずです。
(取材・文:「食品商業」副編集長 三浦慶太)
角上魚類の「魚商売の極意」をレポートしていただきました。大手チェーンと比べて規模が劣る小規模商店に勝機はあるのか?そのような命題に対して、角上魚類は仕入れの工夫やバイヤーのノウハウを生かして「安さ」や「鮮度」を追求することはもちろん、美味しい食べ方を教えたり、すぐに調理できるように下処理をするなど、消費者の魚に対する“ニーズ”や“ペイン”に応えるサービスを全店舗で提供することで、市場で競合に負けない存在感を確立しているように感じました。売上高や店舗数などの「規模」ではなく、魚屋としての「質」で日本一を目指すという着眼点も含めて、これから市場参入に挑戦する起業家や新規事業に携わる企業の方にとってもヒントが得られる事例ではないでしょうか。
今後、例えばテクノロジーを活用したDX化によって「魚商売の極意」をアップデートするなどの方向性も考えられると思いますので、角上魚類のさらなる進化を楽しみにしたいと思います。