お金のない書店員がたくさん読むためにしていること
本にだけはお金を惜しまない。社会人1年目から守り続けてきたマイルールを、書店員になって覆すことになった。
社会に出たての頃も苦しかった。食堂の定食代を払う余裕もなく、厨房から漂う匂いをおかずに具なしの爆弾おにぎりを貪る日々。それでもどうにかやりくりして、好きな作家の単行本をためらわずレジに持っていく贅沢だけは許すことにした。
その緩みすら看過できないほど、生活は当時より厳しい。時給は最低賃金。首相が引き上げを表明するたび、シフトは減らされる。手取りから通院費と生活費を引くと自由に使えるお金はほとんどない。自店の売り上げを伸ばしても他店の赤字で利益も評価も相殺されるので、収入増の見込みもない。
「うわ、たっけー」
レジに立っていると、裏表紙をめくってつぶやく声が毎日のように届く。確かに本の値段は私が大学生の頃より上がっている。「文庫でもこの値段なのか」「上下巻に分冊したら単行本と変わらんやん」と新刊を並べながら驚く。
資材の高騰、人材不足、フリマアプリ・通販サイトの台頭によるさらなる出版不況……。書店員の私も値上げの要因の一部である。業界を盛り上げるためには、誰より自分がお金を出さなくちゃいけないことも胸がえぐれるくらいわかっている。
隠れて財布を確認する人、そっと棚に戻して帰る人、「なんでこんなに高いんですか」と真っ向から聞いてくる人。本に救いを求める気持ちや学びたい意欲を応援したいのに、まるで自分が悪者になったような気分でこぶしを握り締めるその裏で、「めっちゃわかるで」とひとりの読者として彼らと分かち合いたい衝動もある。
私もスマホの電卓機能で計算しながら吟味してるよ!
毎日サイトにログインしてゴリゴリにポイント貯めてるよ!
一度、本屋大賞のノミネート10冊買ってみたことあるけど、投票どころか破産しかけたよ!
と。でも、できるだけ多くの文章と巡り合って、ステキな作品を送り出したいから、小さな工夫を積み重ねながら読書を続けている。書店員として、本好きとして、つかんできたポイントやコツを共有することで、目の前の1冊が今手に入らなくても、読む喜びを手放さないでいてくれたら嬉しい。あなたを待っている本はたくさんある。
①文庫化
前置きで「文庫でも高い」と書いたが、単行本より安く上がるのは間違いない。最近は文庫化までのスパンも早くなっている実感がある。解説のほかに書き下ろしのエッセイや対談が収録されることも。いち早く読みたい、装丁が気に入っている、特典がつくなど急ぎの理由がないなら、待つのも一手。
書店員は本から醸し出される「もうすぐ文庫になるぞ~」を察知し、棚づくりや発注に反映させている。ちょっとしたポイントを押さえて、迷って買った1週間後に文庫が出ている!の削減につなげてもらえたら!
ネットで文庫化一覧をcheck!
・本の通販サイトなどの文庫発売カレンダーをブックマークしておくのがおすすめ。書店によっては取次から配布される一覧を掲示しているところも。夏の文庫フェアは話題本が一気に文庫化する一大イベント。6月に入ったら要チェック。だが、あくまで予定なので延期の可能性はあり。
・読書メーターは著者一覧から登録することで、作家単位の新刊チェックが可能。
メディア化にアンテナを張る!
・アニメ、ドラマ、映画などメディア化が決まると、文庫発売の可能性大。映画の予告や本の帯を確認してみて!
続編刊行&文学賞受賞時の前作に狙いを絞る!
・メディア化→続編刊行→前作文庫化で大きく展開するのが最近の定番の流れ。作家さんのSNSをフォローしておくと〇
・直木賞・芥川賞・本屋大賞など大きな文学賞を受賞した時は、前作やデビュー作が文庫になりがち。ノミネートが発表されたら作家さんの過去の作品も検索してみて。受賞作に挑戦したいけど単行本はハードル高いなあという人は文庫から触れてみるのはどうでしょう。
②文芸誌
とはいえ最新作を追いたい私のような人におすすめなのが文芸誌。1冊1,000円~1,500円程度で単行本数冊分の作品が掲載されており、コスパが最強。好きな作家の新作が最速で読めたり、小説や論評、対談など多角的にテーマを深堀りできたり、雑誌ならではの楽しみも。ミステリ、SF、エンタメ、短歌など各ジャンルごとに発刊されているので、ぜひ雑誌コーナーも忘れず目を通してほしい。
今回は私がよく買う純文系5誌を軽くご紹介。
文學界(文藝春秋)
私がのデビュー文芸誌は2015年2月号、又吉直樹さんの『火花』の掲載号である。ザ・文芸誌といった堅いイメージはあるが、2022年1月号「笑ってはいけない?」、2023年1月号「無駄を生きる」、2023年9月号「エッセイが読みたい」などライトなテーマから文化の奥底、哲学の深みに引きずり込んでいく特集が魅力的。文芸誌の中では持ち歩ける厚さ&重さだと思うので、旅行や長時間移動のおともに。
すばる(集英社)
2022年4月号からリニューアルしてポップな表紙に。2023年6月号「中華、今どんな感じ?」、2023年8月号「トランスジェンダーの物語」など、文学の新たな可能性を模索した特集が話題に。今最も熱い文芸誌かもしれない。
群像(講談社)
500ページ超の圧倒的ボリュームだから、収録数もたっぷり。短編でも読み応え抜群。論文やエッセイが充実しているのが特徴。連載も読み切りのものが多く、気になる回だけ買っても十分楽しめるはず。
新潮(新潮社)
タイミングが合うなら、文芸誌デビューは『新潮』の記念号がおすすめ。2021年9月号の「創刊1400号記念特大号」は全作読み切りor連載1回目と全ページ味わい尽くせる仕様。1年間豪華作家が日々の記録をつなぐ日記リレーも要チェック。
文藝(河出書房新社)
年4回の季刊誌なので、私は定期購読している。中編一挙公開など読みごたえも◎。作品に合わせた扉絵やレイアウトがおしゃれで、雑誌というより本に近い感覚で読める。最近では、金原ひとみさんが責任編集した2022年秋季号「私小説」特集が話題。
③出版社のPR誌
1冊100円程度で購入できる出版社の雑誌。手のひらサイズとあなどるなかれ。今回は手に入りやすいものをピックアップ。
波(新潮社)
新作刊行に寄せたエッセイや批評、対談はもちろん、阿川佐和子さんや銀シャリ橋本さんのエッセイ、漫画、小説の連載まで盛りだくさん。気になるところに目を通すだけでも、昼休みを満喫できちゃう。
図書(岩波文庫)
毎月、エッセイを中心に掲載しており、学問的な内容のものも多く、信用性のある知識が手軽に得られるのが特徴。一本あたり4〜6ページ程度にまとまっているので、思い切って専門外のジャンルを読んでみるのも楽しい。人気作家さんの寄稿もちらほら。お堅いイメージで敬遠しているならもったいない!
スピン(河出書房新社)
文芸誌の枠に入れるべきだろうが、300円という破格で元が取れるはずがないのでこちらに。河出書房新社140周年記念誌で、年4回、16号限定で刊行されている。小説、エッセイ、詩の連載がたっぷり。毎号使用される紙が違うのも見どころ。創刊号は完売だが、2号以降にスタートした作品も多々。
④企業のPR誌・フリーマガジン
ステキな読みものは書店の外にもいっぱい。さらに無料とあらばもらわない手はない。
資生堂の『花椿』は全ページカラーで「これ本当に無料でもらっていいの?」と毎回確かめてしまうレベルのクオリティー。
企業が独自に発刊している広報誌の多くが商品の宣伝というわけではなく、「社会の意識を変えたい」「考えを広めたい」「背景にある文化を広めたい」など、各企業のミッションに基づいて制作されており、一般に流通するものと変わらず楽しめる。本屋で配布されていたり、各ショップの店頭に置いてあったり、一期一会だからお出かけの際は隅々まで探索すべし!
独立系書店などでもらえるフリーマガジンもお宝の山。最近、特に感動したのが佐賀・長崎観光振興推進協議会の『SとN』。佐賀・長崎のお店や地元で活躍する人々を紹介している。愛を持って丁寧に取材されたのがわかる文章と、清らかで温かい空気が伝わる美しい写真がステキ。デジタルブックでバックナンバーが全部読めるのもありがたい。
今回は、書店員の視点を大事にするため、図書館、古書店、ケータイ小説、青空文庫を外したが、それらもうまく使いながら、生活も読書も楽しんでほしい。
値段を理由にあきらめていく人たちを目の当たりして、どうにか「読む」営みだけでも後世につなぎたく、お得という切り口で記事を展開してみた。ひとつでも新しい発見をしてくれたなら、書店員冥利に尽きる。