見出し画像

読書感想文 アニメを仕事に! トリガー流アニメ制作進行読本/桝本和也

 本書の著者は桝本和也。株式会社TRIGGERのアニメーションプロデューサーとして知られる人物である。  経歴は1998年にアニメ業界に入り、制作進行として6年、制作デスクを3年、その後はアニメーションディレクターとなって作品を統括するようになった。
 制作進行時代に関わった作品は『はじめの一歩』『デジモンフロンティア』『金色のガッシュベル!』『エアマスター』『それいけ!ずっこけ三人組』『ハングリーハート』『ポポロクロイス物語』『雪の女王』『とっとこハム太郎(劇場版)』など。
 制作デスクとしては『天元突破グレンラガン』。プロデューサーになってから『パンティ&ストッキング』を制作し、その後TRIGGERを立ち上げて『キルラキル』『リトルウィッチアカデミア』などの制作をまとめ上げた。

 本書は制作進行とはなんであるか? 制作進行が説明する制作進行という仕事の解説本である。
 制作進行とは――作品のスケジュールを管理し、お金やスタッフを調整し、作品を作るサポートをする役職。納期に間に合わせるために、連日の徹夜や、各スタッフへの交渉を行う、非常につらい仕事である。
 ……上の説明で間違いはないが、しかし充分でもない。表面的な部分が書き起こされているが、あくまでも表面的でしかない。料理で例えると「材料と調理手順と調理時間」は紹介されているが、一番大切な「味や食感や温度」は紹介されていないようのもの。そして「おいしさ」も!
 そこでこの本では、普段あまり説明されない、注目されない「制作進行」とはどんな仕事なのかを紹介する。

 それでは制作進行の具体的な実務の説明に入ろう。
 制作進行が担う実務は大きく分けて3つ。

①作品素材の管理
②スケジュールの管理
③作業環境の管理

 この3つを整理できていないと、制作進行の仕事は成立しないし、アニメの現場も成立しない。
 例えば「作品素材の管理」。アニメの制作は一つの会社の中で完結するものではなく、いろんなところに送って手分けして少しずつ完成を目指していく。その過程で、うっかり「あのカットはどこへ行った」……なんて事態が起きては絶対に行けない。全てのカットがどこにあって、どういった進捗であるのか、完璧に把握していなければならない。
 では制作進行が頭に入れておかなければならない具体的な物量がどれだけあるのかというと……。

絵コンテ 1冊(80~100ページ)×30冊(スタッフ配布分)
レイアウト 300カット
原画 300カット
動画 4000~6000枚
背景 300カット
仕上げ 4200~6200枚
撮影 300カット
チェック用DVD 4~10枚
伝票 50枚
関係書類 50枚
カット袋 300枚

 以上になる。
 これを一つでも「どこへ行ったかわからない」といった事態を起こしてはならない。もしやらかしたら責任問題になる。
(リストが多く感じるが、大雑把にテレビアニメ1本300カットほどだから、原画も背景も撮影もカット袋も300枚。動画と仕上げが4000~6000枚ほどと把握しておけばわかりやすくなる)

 アニメの制作に大事なのは、クオリティと納期。しかしクオリティと納期は相反する要素だ。クオリティを気にしすぎて納期をオーバーしてはならないし、納期を気にしすぎてクオリティを下げてもならない。このバランスを見ながら制作を進めていかなければならない。
 だから制作進行は、制作が始まるとまず希望的観測に基づいたスケジュール表を作る。その際に注意するのは、

個人のスケジュール
前話数の状況
個人の体調
受け持つ仕事の内容
イベント(コミケとかコンサートとか正月とか……)

 予想されるトラブルを盛り込みつつ、スケジュール表を立てて各セクションに作業を回す。
 しかしこの通りうまく行くかというと……そんなわけはない。予定は絶対に狂う。うまく行くなんてことはまずない。現場が始まるとありとあらゆる問題が生じる。スケジュールは必ず遅れる。
 それを解消しつつ、元のスケジュール通りに戻すことが制作進行のお仕事である。

 でもこの全てができたとして、制作進行として一人前とは言わない。というか、そもそもできて当たり前。できなければ、アニメの現場が崩壊し、作画崩壊回ができてしまう。作画崩壊回が発生してしまうのは、まず制作進行として当たり前の現場維持ができていないから起きてしまう。
 ではどうすれば現場の崩壊を防ぐことができるのか。
 実は制作進行には表向きの業務だけではなく、マニュアルに載らない「暗黙の実務」が存在している。「暗黙の実務」とは何なのか? 具体的に列挙すると、

人間関係作り
他人の価値観への理解
コミュニケーション
利害関係の把握
アイデンティティの確立
作品へのこだわり
作品を見てもらいたい人への想い
自分のやりたいこと
自分のなりたいもの
自分の生活
第一印象
意思と理念の共有
作品予算

 さて、お話が抽象的になってきて、「これは精神論では?」と思う人もいるかもしれないが、しかし現実として以上の項目をきちっとその時々で解決していかないと、現場の維持が難しくなる。
 例えば人間関係作り。人間関係の構築なんて、モノ作りの現場に必要か、作り上げたもののクオリティさえ維持できていれば問題ないのではないか……そう思う人もいるかも知れない。
 しかし現場の空気が悪くなり、ギスギスした雰囲気になると、確実にクオリティにも直結するんだ。視聴者側は現場の問題などあまり想像しないかも知れないが、表面的なところでなんとなく作画の勢いがないな、お話が盛り上がらないな……というときは、まず人間関係の問題が現場で生じている可能性がある。シナリオが良くたって、現場の熱気が冷めると、面白くなるはずのものも面白くなくなる。
 どういうことかというと、作品作りに対する熱気の問題が絡んでいる。現場に人間関係の問題が生じていると、向き合っている作品に対する熱意も冷めてしまい、クオリティが落ちていく……。そういうことだって、モノ作りの現場なのだからあり得る。だから、現場の人間関係の維持は大切である。クリエイティブな仕事だからこそ、人間関係と「空気」は大事。
(リモートで充分……とか言っていると足並みが揃わず、失敗する。リモートでは「現場の熱気」は作れないんだ)
 逆に、現場の熱気を維持できていれば、おのずと良作は生まれてくるはず。そうした問題を起こさず、現場の熱意を維持するのも、制作進行のお仕事だ。


 ここまではまだ制作前の「心得」の話だ。ここからは現場が始まってからの話をしよう。

シナリオアップ

 映像制作の始まりは、シナリオが上がるところから始まる。ここでの制作進行の「暗黙の実務」それは「シナリオを読み込むこと」だ。
 当たり前じゃないの……と思われるかも知れないが、実は制作進行はシナリオをあまり読まない。これは悪習で、制作進行は必ずシナリオを読むべきである。
 その理由は、
① スケジュール問題
 制作進行の仕事は、原画マンへのアポイント取りから始まる。このお仕事は絵コンテが上がってからでは遅い。原画マンはみんな仕事を二つ三つ掛け持ちをしているもの。そこに自分の仕事も受け入れてもらうには、1秒でも早く依頼を入れておかねばならない。
② どこが山場か把握する。
 シナリオには平凡なシーンもあれば、大がかりな見せ場シーンもある。その大きな見せ場シーンがどこにあるか、きちんと把握しておかねばならない。そここそ制作に時間が掛かるところだから、早め早めに作業をスタートしておかないと、後々時間がなくなってクオリティが……ということになる。すると、見せ場が見せ場として機能しなくなる。見せ場が魅力的に見えないと、全体の平均点が高くても、どこか薄らぼんやりした後味になる。そうならないためにも、シナリオはまず読むべきである。

絵コンテアップ

 シナリオが上がると、2週間から1ヶ月後には絵コンテが上がる。ここでの「暗黙の実務」は、2つ。
① 絵コンテを読み込む
② 演出と相談
 またしても「読み込む」が出てきた。絵コンテを読む必要があるのは、どのシーンを誰に担当するか、具体的な想定を作るためである。
 アニメーターにも得意、不得意がある。アクションが得意な人、日常芝居が得意な人、メカが得意な人、女の子を描くことに長けた人、反対にマッチョが得意な人……様々である。
 ごくまれにオールマイティーにうまいアニメーターもいるが、それは超希少種。一人のアニメーターが担当できるカット数に限りがあるのだから、オールマイティーにできる人になんでもお任せして負担をかけすぎてはいけない。そんなことをすると、あっという間に現場が崩壊する。(それに、こういうアニメーターほど引く手あまた。きちんとアポイントを取っておかないと、仕事を受けてもらえない)
 この作業は制作進行一人でやるものではなく、演出と相談で進める。演出は演出で、力を入れたいシーンが必ずあるのだから、それを聞き出し、そこを中心に人材を配置していく。これがきちんとできていると、まずクオリティ面で安定したアニメが成立する。

作画監督打ち・作打ち

 アニメーターに絵コンテが配られ、アポイントを取ると、演出、作画監督、原画マン3人による打ち合わせが始まる。ここで、キャラクターの演技、カメラワークなどを含むレイアウト、尺数、その他ニュアンスや心情、納期などが説明される。制作進行も当然ながらこの作打ちに立ち会い、カットの内容を把握すべきである。
 ここでの「暗黙の実務」は、
① カット内容を把握する
② スタッフの作業に対する印象と、他の仕事を把握する。
 作打ちの場面にも制作進行は同席して、同じようにカットの内容を細かく、正確に把握しておく必要がある。
 これはカットのニュアンスを正確に知っておくこと……ということもあるが、もしもその通りにカットが上がらなかったときのためである。カットが意図した通りに上がらないのは、原画マンの実力不足、原画マンが演出の言ったニュアンスを理解できていなかった、作品に対する熱気がなかった、突如病気になってそれでも無理を押して絵を描いたから……といろいろ理由はある。
 その時に、制作進行はただちに次の一手を打たねばならない。演出と相談してリテイクを出すか、ダメそうなら別のアニメーターに回す。カットのニュアンスを正確にしっていれば、こういった立ち回りもできるようになる。

 作打ちが終わると原画の回収になるが、この時の「暗黙の実務」は、「原画を見る」こと。
 これは何の意味があるかというと、「答え合わせ」である。絵コンテを読んだときに、自分がどの程度イメージできていたか、完成を想定できていたか、確認の作業である。絵コンテで自分が想像していたとおりに原画が上がっていれば、正解。絵コンテを正しく読めていた、ということになる。これに正解できると、制作進行として実力が付いてきた、ということがわかる。だから原画は見ておくべきである。

本の感想文

 実際の本では制作進行のお仕事をもっと細かく、さらにこの後も続きがあるのだけど、ここから先は実際の本を読んでもらうとしよう。

 「制作進行」のお仕事は『SHIROBAKO』というアニメーションのおかげでだいぶ広まったように思える。私もあの作品を見て、制作進行の具体的業務を初めて知った……という部分は結構ある。単にエンタメ作品ではなく、これからアニメのお仕事をしたいという人にも向けられた作品なので、『SHIROBAKO』はぜひお勧めしたい。
 ただ、『SHIROBAKO』はエンタメ作品なので、細かいところで誇張やジョークが一杯にある。エンタメ作品だから、作品から抜け落ちているところは一杯ある。必ずしも全てが正確に描かれているわけではない。そういうときは、こちらの本を参考に、『SHIROBAKO』で描かれているものを一つ一つ確かめながら読むとちょうど良くなるだろう。
(正確に描かれているわけではない……例えば制作進行が乗る車だが、普段から徹夜明けの無理な状態で乗っているから、本当ならあちこちぶつけまくってボンネットがベコベコになってないければならない。そこまでアニメで描写されていない)

 制作進行から有名人になった人……といえば筆頭はProductionIG社長石川光久だろう。石川光久は元々はタツノコ所属の制作進行だったわけだが、とにかくも優秀だったらしく、「石川がいないと現場が回らない」「石川がいるからクオリティが保てた」と言われるほどで、やがてアイジータツノコ(現ProductionIG)を立ち上げるとき、多くのアニメターが「石川の会社なら」とついていった。制作進行として優秀であると、スタッフがついていきたくなるほどの人望を得ることもできるのだ。
 制作進行は基本的には表舞台には立たず、アニメ制作のスタッフインタビューでも制作進行が取り上げられることはまずない。完全なる裏方である。でも実際には制作進行が優秀であるかどうかで、アニメのクオリティはかなり左右される。どんなに優れたアニメーターがいても、その力を十全に発揮できるかどうかは、制作進行の現場制作力にかかってくる。制作進行とはそういう仕事である。

 さて、映像演出のお仕事というのは、全てのカットを気合い入りまくったものすごいカットを考案すれば良い……というものではない。そんなことをすれば、あっという間にスケジュールオーバー、予算オーバーになる。
 名監督と呼ばれる人々にははっきりした共通点がある。それはなにかというと、全ての名監督は納期と予算をきっちり守っていること、である。これをオーバーしまくっても名監督と呼ばれている人というのは……いないこともないが、ほぼいない。納期と予算をきっちり守りつつ、充分にお金を稼げる人が、名監督と呼ばれる。
(ジェイムズ・キャメロンは納期と予算を思い切りオーバーしまくって『タイタニック』を作り上げたが、そのぶんきっちり稼いだ。納期と予算をオーバーするなら、そのぶん確実に稼がないと、信頼も仕事も失う)
 だから「ものすごい気合いの入ったカット」というのは少なく抑えて、そういうカットを作るなら早め早めに発注し、それ以外の所はできるだけ力を抜いてもきちんと成立するように作っておかねばならない。名演出家の条件とは、「時間とお金をかけず、かつ格好いい画」を考えられることである。

 宮崎駿監督といえば、業界でも「進行いらず」と呼ばれるほど自己管理がしっかりできている人だ。宮崎駿監督が優秀な監督であるのは、絵コンテを作っている段階で「このカットはあの人」「このカットはあの人が得意なはず」と、どのアニメーターに書かせるか、頭の中で想定がほとんどできている(だから「進行いらず」と呼ばれる)。
 全てのカットを自分で描くわけではないから、どのアニメーターに委ねて、それぞれのアニメーターがどの程度の練度を持っているか、想定しながら絵コンテを作り上げているわけである。宮崎駿にもなると絵コンテのクオリティがおそろしく高く、スタッフはまず絵コンテを拡大コピーして、そこからレイアウトを作成する。それで成立しちゃうようなものを、宮崎駿は作っている。
(でも、結局はほとんどのカットは自分で手を加えちゃうわけだけど)
 時々だが、宮崎駿監督は絵コンテを2パターン作る場合もあるそうだ。そのシーンを描けるアニメーターに都合がつかなかったら、納期が後ろに迫っていたら……そういうときの安全策として、「簡易版」の絵コンテを作ることもあるそうだ。これができるから、宮崎駿監督は優秀だと言える。

 でも演出家の全てがそこまでアニメーターの事情を把握しているわけではない。そういうときに活躍するのが制作進行。
 制作進行はただカット袋を集めればいいだけのお仕事ではない。どこに仕事を持っていくか、アニメーターそれぞれの練度を把握し、スケジュールを押さえておくことも重要なお仕事になる。
 という心得が書かれているのが本書である。制作進行のお仕事のみならず、アニメの制作の全体像が見えてくる本なので、アニメ制作を学びたい人にはぜひオススメの本だ。

関連記事


この記事が参加している募集

とらつぐみのnoteはすべて無料で公開しています。 しかし活動を続けていくためには皆様の支援が必要です。どうか支援をお願いします。