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#575 第六回は、ある家の居間の様子から…

それでは今日も山田美妙の『花ぐるま』を読んでいきたいと思います。

今日から第六回に入ります。タイトルは「第六輛 曳出[ヒキイダ]す雑誌の話」です。

およそ八畳敷の一間[ヒトマ]、そこが此家[コノヤ]の家族の常[ツネ]の居間です。床柱[トコバシラ]はありふれた雌松[メマツ]で、何[ナニ]かわからぬ、たゞし値[ネ]も無ささうな違棚[チガイダナ]を霞[カスミ]にして、地震の痕[アト]を見せる壁のヒヾが連山[レンザン]の形を見せて居る工合[グアイ]、新築の家[イエ]とは如何[イカ]な素人でも思ひますまい。地袋[ジブクロ]は墨絵で何か書いてありますが、手掛[テカケ]の処[トコロ]ハまるで擦剝[スリム]けて按摩膏[アンマコウ]でも張りたいやうで、その下にすゑてある長火鉢[ナガヒバチ]は素人家[シロトヤ]の物とも思ハれぬほど大きくて、立派な如輪[ジョリン]のふき込[コミ]です。

言葉で説明するのが大変なので、ざっくりと絵を描いてみました。「床柱」「違棚」「地袋」はこんな感じです。

居間

「按摩膏」は、肩こりに効く、紙に塗りつけてある膏薬のこと、「如輪のふき込」とは「如鱗杢[ジョリンモク]」つまり魚の鱗のような木目をツヤが出るまで拭き込んであるという意味です。

これでは銅[アカ]も落[オト]しだらうとは一度来て道具屋が横目で睨[ニラ]んだ推察で、わるく勘[カンガエ]れば芸妓屋[ゲイシャヤ]か、船宿から出た売物[ウリモノ]を入札して得た類[ルイ]でしやう。

「銅」とは、火鉢の内側の灰が入っている薄い銅板の容器のことです。

その火鉢にかゝッて居る鉄瓶は俗にいふ火事提灯形[カジチョウチンガタ]で、模様に落花[ラッカ]がついて居る処を見れば、実に見覚[ミオボエ]もある、いつぞやの工芸共進会に出て居た代物[シロモノ]だとは飛んだ記憶のいゝ人の蔭言[カゲゴト]です。火鉢の黒柿[クロガキ]を保護するためか﹆杉の内框[ウチワク]を二重[ニジュウ]に嵌[ハ]めてあるのは用意至れり尽せりですが、そゝッかしい者は其処で刺[トゲ]でも刺[サ]しはしませんか知らん、烟管[キセル]で敲[タタ]いた痕[アト]がすこし乾破[ヒワ]れて居ますから。

「黒柿」とは、柿の木の心材の黒みを帯びたもので、木目が美しいため器具や建築の用材として珍重されています。

何か拭いてそのまゝ其処等[ソコラ]に置いてある模様手拭[モヨウテヌグイ]はつひ近処[キンジョ]の呉服屋の開店の景物[ケイブツ]に違無[チガイナ]いとはやはりその呉服屋で当日[トウジツ]物を買ッた人が推察しましやう。

ということで、この続きは…

また明日、近代でお会いしましょう!

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