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#1271 後編第二十九章は、お麻がお艶の態度に怒るところから……

それでは今日も尾崎紅葉の『三人妻』を読んでいきたいと思います。

今日から「後編その二十九」に入ります!それでは早速読んでいきましょう!

(ニ十九)御不在
日光くだりまで遊山[ユサン]に出掛けしほど達者にてありながら、気分悪しとは果報の罰[バチ]に中[ア]たりたるか。つい鼻の端[サキ]に居ながら顔出しもせず、手紙の挨拶とは、何処まで増長[ツケアガ]る気か、身の分[ホド]知らぬ女め、とお麻は最早[モハヤ]堪忍しかねて、今度ばかりは腹立[ハラダ]つるを、紅梅は爰[ココ]ぞと、今までは控へて言はざりし讒訴[ザンソ]の惣[ソウ]まくり、さうおつしやれば、実はかういふ事もございました、と陳[ノ]べ立つる当意[トウイ]の虚偽[ツクリゴト]も信[マコト]しやかに、思ふさま煽り立つれば、油浸[アブラビタシ]にせる紙の火移り能[ヨ]く、聞けば聞くほど腹の立つことばかり。今に見よと、肉繡[ホリモノ]の蜘蛛も灸[キュウ]の下に蠢[ウゴメ]くべきお麻の気色[ケシキ]なりし。此[コノ]様子にては近き内に事[コト]起りて、お麻は噪[サワ]ぐ、お艶は哭[ナ]く、余五郎は狼狽[マゴ]つく、轟[トドロキ]は愕[オドロ]く、三方四方[サンポウシホウ]の乱痴戯[ランチキ]を高見で見物して、独り面白き目を見ることぞ、と紅梅は楽[タノシ]みて待てども/\、其後[ソノノチ]お麻は絶えてお艶の噂もせず、どんと思切[オモイキ]りたる事をするらしき様子も無く、此間[コノアイダ]あれほど憤[オコ]つておきながら、そんな気[ケ]も無いこと、消炭[ケシズミ]のやうな他愛なさ。何日[イツ]何と為[シヨ]うとの了簡[リョウケン]か。劇[ハゲ]しい気[キ]の女[ヒト]とばかり思うてゐたに、此[コノ]歯癢[ハガユ]さはと呆れてしまひぬ。
お艶は書状[フミ]にて挨拶せしことの不躾[ブシツケ]なりしを悔[クヤ]めど、今更[イマサラ]及[オヨ]ばざるほど念[ココロ]に繫[カ]かりて、嘸[サゾ]や奥方のお腹立[ハラダチ]。何とか謝罪[ワビ]せむと思へど、頼みにせる紅梅の、本家へは行[ユ]かぬが身の為というてくれるものを、推[オ]して行[ユ]かむは心ならず。然[サ]りとて此儘[コノママ]放棄[ナゲヤリ]にしてはおかれぬ気に、いとヾ胸を痛めけるが、書状[フミ]を出せしは当座の間[マ]に合はせ。いつまで気分悪ければとて通るべくもあらず。

ということで、この続きは……

また明日、近代でお会いしましょう!

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