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#1248 後編第十九章は、お才が菊住との密会の協力に、お仲を取り込むところから……

それでは今日も尾崎紅葉の『三人妻』を読んでいきたいと思います。

今日から「後編その十九」に入ります!それでは早速読んでいきましょう!

(十九)義理と慾
お仲は十九といへど晩稲[オクテ]にて、不愛嬌[ブアイキョウ]のかはりには多言[クチカズ]きかず。ねつゝり温和[オトナシ]き女なれば、味方に附けて、容易に事を泄[モ]らすべしとも想はれねば、否応[イヤオウ]いはせず曳入[ヒキイ]れむ、責道具[セメドウグ]には恩と義理と、お才は心[ムネ]に一物[イチモツ]あれば、爾来[コレマデ]とても相応にせしを一入[ヒトシオ]心着けて、給金の外[ホカ]に何とか名をつけて余分の物を与へ、此家[ココ]に不用の品[シナ]は人知れず宿元[ヤドモト]へ運ばせ、此[コノ]年頃の喜ぶ物を気毒[キノドク]がるほど取らせて、何事も仲や/\と御意に入[イ]らるゝは、此上[コノウエ]無き奉公人の面目、と肚裏[ハラノナカ]では一方[ヒトカタ]ならず喜[ヨロコビ]ながら、軽く口頭[クチサキ]に器用な言[コト]のいへぬ気には、此[コノ]恩を懐[オモ]ふこと格別に深く、なほ否[イヤ]のいはれぬやうに、辛抱して我方[ワガカタ]に長年[チョウネン]せば、嫁入道具の一式[ヒトトオリ]は私が祝[イオ]うてやるなどゝ、狡猾なる男も惑[タ]らさるゝ旨い舌頭[クチ]で、気の茫乎[ボウ]とするほど結構な話を、如何[イカ]にも真実[マコト]にして聞かせらるれば、堂々たる国会議員でさへ悪くない話には、世の毀言[ソシリ]も身の耻辱[ハジ]も棄つる気になるものを、お仲は悪事[アクジ]の加担せよ。と唆[ソソノ]かさるゝにもあらず、奉公に精[セイ]出して落度[オチド]無く長年[チョウネン]せば、と道理に愜[カナ]ひたることなれば、其気[ソノキ]になれるは道理[コトワリ]なり。
最早[モハヤ]薬の十分に循[マワ]りたる頃と、お才はお仲の様子を篤[トク]と見すまし、菊住との事情[ワケ]を一条[ヒトクサリ]作[サク]して、のがれぬ義理から此方[コナタ]の御前[ゴゼン]の世話にはなれども、菊住にも縁は切られぬ因[ワケ]を、知らずに聞けば、いかにも道理[コトワリ]に、哀れに、気毒[キノドク]に話されて、生[ウブ]なるお仲は毛筋[ケスジ]ほども疑はず。
折々の密会[デアイ]を知らむものは、二人の外[ホカ]にはお前ばかり。私[ワタシ]を主人と思ひ、大事と思ひ、此[コノ]身上[ミノウエ]を不便[フビン]と思はヾ、忘れても口外[コウガイ]してくれな。其[ソノ]代[カワ]りには私[ワタシ]も行末長[ユクスエナガ]くお前の力[チカラ]となりて、及ばずながら世話せう、と内証の底を見せられて、そのやうな事をと、色に染まらぬ娘気[ムスメギ]に吃驚[ビックリ]せしが、お才の思はく通り恩に絡まれ、慾に牽[ヒ]かされて、自分に悪い事せうといふでは無し、何も知らぬ顔して口にさへ出さずば、其[ソレ]にて済む事と了簡[リョウケン]して、おとなしき返事すれば、お才は痛く喜びて、其夜[ソノヨ]窃[ヒソ]かに縮緬[チリメン]に三円添へて、何も言はずにくれぬ。

ということで、この続きは……

また明日、近代でお会いしましょう!

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