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#351 近代文学における記念すべき名文!

今日も二葉亭四迷の『浮雲』を読んでいきたいと思います。

第四回は文三さんひとりぼっちの夜から始まります。家に誰もいないため、ひとりで夜食を済ませ、その後は二階の縁先で暮れ行く空を眺める文三さん。闇が深くなっていくにつれ、免職となった自分の哀れな身が、より一層身に染みます。居間へ入りランプをぼんやり見つめると、いずこともなく憂いの色が顔に表れてきます。そして、文三さんは、たったひとりで、こんな事をし始めます。

「それはそうとどうしようか知らん 到底言わずにはおけん事[コッ]たから今夜にも帰ッたら断念[オモイキ]ッて言ッてしまおうか知らん さぞ叔母が厭な面[カオ]をする事[コッ]たろうナア……眼に見えるようだ……しかし其様[ソン]な事を苦にしていた分には埒[ラチ]が明かない 何にもこれが金銭を借りようというではなし毫[スコ]しも耻[ハズ]ケしい事はない チョッ今夜言ッてしまおう……だが……お勢がいては言い難にくいナ もしヒョット彼[アレ]の前で厭味なんぞを言われちゃア困る これは何んでも居ない時を見て言う事[コッ]た いない……時を……見……何故[ナゼ]。何故言難[イイニク]い いやしくも男児たる者が零落したのを耻[ハ]ずるとは何んだ。そんな小胆な。糞ッ今夜言ッてしまおう それは勿論彼娘[アレ]だッて口へ出してこそ言わないが 何んでも来年の春を楽しみにしているらしいから 今唐突[ダシヌケ]に免職になッたと聞いたら定[サダ]めて落胆するだろう しかし落胆したからと言ッて心変りをするような其様[ソン]な浮薄な婦人[オンナ]じゃアなし かつ通常の婦女子と違ッて教育もあることだから大丈夫其様な気遣いはない それは決してないが叔母だて……ハテナ叔母だて。叔母はああいう人だから我[オレ]が免職になッたと聞[キイ]たら急にお勢をくれるのが厭になッて 無理に彼娘[アレ]を他[タ]へかたづけまいとも言われない。そうなったからと言ッて此方[コッチ]は何も確[カタ]い約束がしてあるんでないから 否[イヤ]そうはなりませんとも言われない……ああつまらんつまらん いくらおもい直してもつまらん 全躰[ゼンタイ]何故我[オレ]を免職にしたんだろう 解らんナ 自惚[ウヌボレ]じゃアないが我[オレ]だッて何も役に立たないという方でもなし また残された者だッて何も別段役に立つという方でもなし、して見ればやっぱり課長におべッからなかったからそれで免職にされたのかな……実に課長は失敬な奴だ 課長も課長だが残された奴らもまた卑屈極まる 僅かの月給のために腰を折ッて奴隷同様な真似をするなんぞッて 実に卑屈極まる……しかし……待[マテ]よ……しかし今まで免官になッてほどなく復職した者がないでもないから ヒョッとして明日にも召喚状が……イヤ……来ない 召喚状なんぞが来て耐[タル]るものか よし来たからと言ッて今度は此方[コッチ]から辞してしまう 誰が何と言おうト関[カマ]わない断然辞してしまう しかしそれも短気かナ やっぱり召喚状が来たら復職するかナ……馬鹿奴 それだから我[オレ]は馬鹿だ そんな架空な事を宛[アテ]にして心配するとは何[ナ]んだ馬鹿奴 それよりかまず差当[サシアタ]りエート何[ナ]んだッけ……そうそう免職の事を叔母に咄[ハナ]して……さぞ厭な顔をするこッたろうナ……しかし咄さずにもおかれないから思切[オモイキ]ッて今夜にも叔母に咄[ハナ]して……ダガお勢のいる前では……チョッいる前でも関[カマ]わん 叔母に咄して……ダガもし彼娘[アレ]のいる前で口汚たなくでも言われたら……チョッ関わん お勢に咄してイヤ……お勢じゃない叔母に咄して……さぞ……厭な顔……厭な顔を咄して……口……口汚なく咄……して……アア頭が乱れた……
ト ブルブルと頭[カシラ]を左右へ打振る

わかりますか?独り言ですよ!ひ・と・り・ご・と!

悩める青年が、ひとりでモジモジグジグジ独り言をブツブツ言ってるんですよ!

これ、近代文学の記念すべき名文なのではないでしょうか!w

だって、坪内逍遥の『当世書生気質』には、記憶が確かならば、こういう独り言って書かれてないんですよ!『当世書生気質』の主人公は、話し相手がやってくると話し始めますが、「話し相手のいない時の話し言葉」って、書かれてないんですよ!『浮雲』が、だんだん面白くなってきましたね!

ということで、この続きは…

また明日、近代でお会いしましょう!

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