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#1017 虎は病めども虎

それでは今日も尾崎紅葉の『二人比丘尼色懺悔』を読んでいきたいと思います。

第二章の「戦場の巻」は、庵の主人である尼の夫である浦松小四郎のはなしのようです。
暁の空に、雪景色。小沢の近くに古い梅の木。低い梢に血が滴る生首が三つ結び付けられ、赤く染まる幹の二股に寄せかける若武者……。鎧の袖の板はちぎれ、草摺の板はほつれ、胴には血のまだら。額から眉を割って斜めをいく切り傷、赤をにじむ眼、うす青む面色。水際まで寄り、氷を破って、我が顔を水鏡に映して見詰め、顔の傷を洗い、辺りをまわして肩呼吸。半身を起き上げた、そのとき、右の太腿にヤリが!骨をも貫いたか!?

⦅あァつ⦆と叫びあえず。「吉則[ヨシノリ]」の二尺八寸……閃[ヒラメ]く……丁[チョウ]と切払[キッパラ]ふ。鎗は蛭巻[ヒルマキ]から斜[ハ]すに切れ。其[ソノ]余勢[ヨセイ]に二三歩前へよろめく敵を……見れば鉄地[テツジ]の半首[ハップリ]……小具足[コグソク]身軽に出立[イデタツ]雑兵[ゾウヘイ]。手に残る鎗の柄[エ]カラリ投棄[ナゲス]て。腰刀[コシカタナ]引抜き。真額[マッコウ]に振翳[フリカザ]し「二ツになれよ」の身構[ミガマエ]。若武者はッたと睨[ネ]めつけ。
⦅下郎[ゲロウ]。推参[スイサン]なッ⦆

「吉則」は、三条吉則のことで、室町期の山城鍛冶を代表する刀工です。「蛭巻」とは、太刀や槍などの柄に、金属の細長い薄板を螺旋状に巻いてあるものです。「半首」とは、両頬から額にかけて、飛来した弓矢などから顔面を防護した面具のことです。

彼は一言[イチゴン]も返さず。矢声[ヤゴエ]高く切下[キリオ]ろす。二三尺飛退[トビスサ]つて。股[モモ]を穿[ウガ]つ鎗の汐首[シオクビ]抜取[ヌキト]り。敵の胸板[ムナイタ]目がけて投[ナゲ]つければ。體[タイ]を捻[ヒネ]ツて……なを斫懸[キリカカ]る。
⦅物々しや⦆
口には言[イエ]ど初[ハジメ]の深手[フカデ]に苦しき進退。片膝ついたまゝ斫込[キリコミ]-受流[ウケナガシ]。十二三合亙[ワタ]り合[アワ]す。虎は病めども虎。苛[イラツ]て附入[ツケイ]る若武者の切先[キッサキ]を請損[ウケソン]じて。敵は右の肩上[カタガミ]の外[ハズレ]をしたゝか割附[ワリツケ]られ。しどろになつて倒[タオレ]かゝるを。透[スカ]さず二の刀に細首[ホソクビ]打落[ウチオトセ]ば。気の寛[ユルミ]か我にもあらで。摚[ドウ]と坐[ザ]し。はッと呼吸[イキ]。時しもあれ。耳元[ミミモト]近く。手綱[タヅナ]烈[ハゲシ]く掻繰[カイク]る鑣[クツバミ]の音。すはや敵よ……味方か。味方ならば……此処[ココ]に潔よく腹掻[カッ]さばいて。首級[シルシ]を彼に頼まばや。我とても生[イ]く可[ベ]き命にあらず。敵ならば……行歩[ギョウホ]は自在ならずとも。今生[コンジョウ]の思出[オモイデ]。快[ココロ]よく切結んで。美名[ビメイ]をかれの口より挙[ア]ぐ可[ベ]し。
⦅来[キタ]れ何者⦆

ということで、この続きは……

また明日、近代でお会いしましょう!

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