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#1004 ここには暦日なく、梅香りて春を知り、山白くなりて冬を知る

それでは今日も尾崎紅葉の『二人比丘尼色懺悔』を読んでいきたいと思います。

今日からいよいよ物語の本文へと入りたいと思います。

都さへ……蕭条[サビシサ]いかに片山里[カタヤマザト]の時雨[シグレ]あと。晨[アシタ]から夕[ユウベ]まで昨日も今日も木枯[コガラシ]の吹通[フキトオ]して。あるほどの木々の葉-峯の松ばかりを残して-大方[オオカタ]をふき落したれば。山は面瘠[オモヤセ]て哀れに。森は骨立ちて凄まじ
茶の煙だにあがらずば。山賊[ヤマガツ]も知らぬ。谷陰[タニカゲ]に誰[タ]がすむ庵[イオリ]。かくてもなを捨難[ステガタ]き浮世の面影のこす菱垣[ヒシガキ]。疎[マバ]らに結ひ繞[メグ]らし。竹は虫食[ムシバ]み縄朽ちたれど。枯蔦[カレツタ]の名残惜しく取縋[トリスガ]るまゝ流石[サスガ]に倒れもやらず。二本[フタモト]の黒木[クロギ]を入口のしるしばかり。茅葺[カヤブキ]の屋根は歳に黒み。落懸[オチカカ]る檐風[ノキカゼ]に傷[イタ]はしく。風情は月にばかりの破壁[ヤレカベ]。強くはふめぬ竹椽[チクエン]。切株[キリクイ]の履脱[クツヌギ]から左へ三尺。其処[ソコ]に筧[カケイ]の水……水ほどにもなく絶えせぬ雫[シズク]。阿伽桶[アカオケ]に滴[シタタ]る音。やう/\幽[カスカ]に疎[マバ]らになるは。樋[ヒ]の口凍[コオ]るにや-夕暮の風寒[サブ]し。

仏前に供える水を「閼伽水[アカミズ]」といい、それをくみ入れて持ち運ぶための手桶が「閼伽桶」です。

麓路[フモトジ]に梅香りて-扨[サテ]は春。窓外の山白くなれば。冬ぞと知る。此処には歴日[レキジツ]なく。昼は伐木[バツボク]の音にくれ。夜[ヨ]は猿[マシラ]の声に更[フ]け。鐘も鶏[トリ]も。響かず聞えず。恋する身には。上もなき隠れ家……なれど愛欲を棄[ステ]てかゝらねば。一日仮の住居[スマイ]も難し。夕日影木末[コズエ]に薄らぎ。反古張[ホグバリ]の障子赤くなれば。程なく鉦[カネ]の音[ネ]其内に。

壁の中間から下の部分に、上とは違う仕上げ材を張ることを腰張りといいます。腰張りは、張替することが前提で、張替の際に剥がれやすいように、布海苔とでんぷん糊を調節して張り込みをします。一度使用した和紙のことを「反古紙[ホグシ]」といい、これを漉き返しすることなく文字が入った和紙をそのまま腰張りの紙に使用した壁を「反古張」といいます。

ということで、この続きは……

また明日、近代でお会いしましょう!

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