#620 せきをすれば、隣人のいびきが止まる
それでは今日も山田美妙の『花ぐるま』を読んでいきたいと思います。
第十六回は、杉田先生の家の中で聞いた忍び泣きしている声の主が誰だったのか考えるところから始まります。どうも男でも老人でもない…「あるいはお梅嬢が」…。こうして力造さんはまた無駄な妄想を始めます。もし、杉田の家に引き移ったら人力車を曳くのをやめようか…お梅も来るだろうから…法律がよく学べるから…。時刻はすでに午前三時。部屋は暗闇が充満しています。
真闇[マックラ]、いはゆる黒白[アヤメ]もわかぬ処[トコロ]!其処[ソコ]をまじ/\と寐床[ネドコ]から見て居る心持[ココロモチ]、いゝか悪いか、何だか角[カ]だか、まづよほど妙です。聞耳[キキミミ]を立てれば廊下(歩行[アル]けばみしみしと音楽を奏[ソウ]してくれる安普請[ヤスブシン]の板)越[ゴシ]の隣の部屋から洩れる「夢」の言葉﹆夢も中々口を利くものです。猶更[ナオサラ]耳に付くのは鼾[イビキ]の合奏[ガッソウ]﹆哲学者を気取ッて妙だと心を注[ト]めれバ注めるほど不思議です。
廊下を隔てた向かいの部屋の寝言やいびきが聞こえるのかぁ~
プライバシーもなにもあったもんじゃないですね!w
鼻の加減や咽喉の工合[グアイ]で、これも人の面[オモテ]、人の心と同じく何[イズ]れも互[タガイ]の相違が有ッて、ぐず/\と聞[キコ]えるのもあり、また滑[ナメラカ]に辷[スベ]るのも有ります。力造が此方[コチラ]の寐床で一つ咳[セキ]を為[ス]れば、その咳の響[ヒビキ]が耳に入ッたか、中には一寸[チョット]止まるのも有ッて、またそれも姑[シバラ]くして居る内に低い音から段々せり上げて果[ハテ]は又[マタ]元の木阿弥、大蛇[オロチ]を冬でもこしらへ出します。寂寞[ジャクマク]の中[ウチ]、闇黒[アンコク]の処、そこでさへ心は、醒[サ]めて居る間は物に捉へられるものです。阿梅と考へ、杉田と思へば更に寐付かれず﹆しかし折々は睡魔も萌[キザ]しては来ますが、妙なもので、むしろ寐ずに考[カンガエ]に鎖[トザ]されて居るのが何やら心嬉しいやうで、折角駕[ガ]を枉[マ]げた睡魔をさへ一寸[チョット]叱り斥[シリゾ]けてまた目を皿にし始めます。が見れば四辺[アタリ]は真の闇﹆見ても更に面白くも無い、そこでまた目を閉ぢます。閉ぢて心だけは覚めて居るばかり。否[イヤ]、覚まして居るばかり。眠入[ネイ]ッて居れば左程[サホド]とも思ハれぬ片臥[カタネ]の痛さ、今は中々度[ド]を強くします。
ということで、この続きは…
また明日、近代でお会いしましょう!