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#1513 おのれ十兵衛!よくも拒絶したな!

それでは今日も幸田露伴の『五重塔』を読んでいきたいと思います。

源太は風呂敷包みを取り、結び目といて、十兵衛の前に置きます。なかには、材木や人足の費用、下絵図や平面図、欄干・垂木・桝・肘木に関する算法、先祖の遺品や秘蔵の絵図まで……。「これらは皆きさまに預ける。なにかの足しにもなろう」。しかし十兵衛は「ひとの巾着で我が口を濡らすようなことは好まず、親方まことにありがとうござりまするが、これはそちらにお納めを……」。

此品[コレ]をば汝[キサマ]は要らぬと云ふのか、と慍[イカリ]を底に匿[カク]して問ふに、のつそり左様[ソウ]とは気もつかねば、別段拝借いたしても、と一句迂濶[ウッカ]り答ふる途端、鋭き気性の源太は堪[タマ]らず、親切の上親切を尽して我が智慧思案を凝らせし絵図まで与[ヤ]らむといふものを、無下[ムゲ]に返すか慮外[リョガイ]なり、何程[ナニホド]自己[オノレ]が手腕[ウデ]の好[ヨク]て他[ヒト]の好情[ナサケ]を無にするか、そも/\最初に汝[オノレ]めが我が対岸[ムコウ]へ廻はりし時にも腹は立ちしが、じつと堪[コラ]へて争はず、普通大体[ナミタイテイ]のものならば我が庇蔭[カゲ]被[キ]たる身をもつて一つ仕事に手を入るゝか、打擲[ウチタタ]いても飽かぬ奴と、怒つて怒つて何[ドウ]にも為[ス]べきを、可愛[カワユ]きものにおもへばこそ一言半句[イチゴンハンク]の厭味[イヤミ]も云はず、唯々[タダタダ]自然の成行に任せ置きしを忘れし歟[カ]、上人様の御諭しを受けての後[ノチ]も分別に分別渇[カ]らしてわざ/\出掛け、汝[オノレ]のために相談をかけてやりしも勝手の意地張り、大体[タイテイ]ならぬものとても堪忍[ガマン]なるべきところならぬを、よく/\汝[オノレ]を最惜[イトシ]がればぞ踏み耐[コタ]へたるとも知らざる歟[カ]、汝[オノレ]が運の好きのみにて汝[オノレ]が手腕[ウデ]の好きのみにて汝[オノレ]が心の正直のみにて、上人様より今度の工事[シゴト]命[イイツ]けられしと思ひ居[オ]る歟[カ]、此品[コレ]をば与[ヤ]つて此[コノ]源太が恩がましくでも思ふと思ふか、乃至[ナイシ]は既[モハヤ]慢気[マンキ]の萌[キザ]して頭[テン]から何の詰らぬ者と人の絵図をも易く思ふか、取らぬとあるに強[シイ]はせじ、余りといへば人情なき奴、あゝ有り難うござりますると喜び受けて此中[コノウチ]の仕様を一所[ヒトトコ]二所[フタトコ]は用ひし上に、彼[アノ]箇所は御蔭で美[ウマ]う行きましたと後[アト]で挨拶するほどの事はあつても当然なるに、開けて見もせず覗きもせず、知れ切つたると云はぬばかりに愛想も菅[スゲ]もなく要らぬとは、汝[オノレ]十兵衞よくも撥[ハ]ねたの、此[コノ]源太が仕た図の中[ウチ]に汝[オノレ]の知つた者のみ有らうや、汝等[ウヌラ]が工風[クフウ]の輪の外[ソト]に源太が跳[オド]り出ずに有らうか、見るに足らぬと其方[ソチ]で思はば汝[オノレ]が手筋も知れてある、大方高[タカ]の知れた塔建たぬ前から眼に暎[ウツ]つて気の毒ながら批難[ナン]もある、既[モウ]堪忍の緒も断[キ]れたり、卑劣[キタナ]い返報[カエシ]は為[ス]まいなれど源太が烈しい意趣返報[イシュガエシ]は、為[ス]る時為[ナ]さで置くべき歟[カ]、酸[ス]くなるほどに今までは口もきいたが既[モウ]きかぬ、一旦思ひ捨つる上は口きくほどの未練も有[モ]たぬ、三年なりとも十年なりとも返報[シカエシ]するに充分な事のあるまで、物蔭から眼を光らして睨みつめ無言でじつと待つてゝ呉れうと、気性が違へば思はくも一二度終[ツイ]に三度めで無残至極に齟齬[クイチガ]ひ、

というところで、この続きは……

また明日、近代でお会いしましょう!

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