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#1239 浮気もつまりはそれがもと

それでは今日も尾崎紅葉の『三人妻』を読んでいきたいと思います。

余五郎は、伝内とは別に探偵させようと山瀬を招き、新聞を見せます。すると一読して、この文面はお才と菊住に間違いないと言います。お才は芸者を勤めている頃から浮いたことをする女ではなかったが、菊住とは心から切れているわけではなく、こちらが苦肉のはかりごとで陥れたわけで、このたび焼け木杭に火がついたのではないか。余五郎は不興な顔をして、自分とは外面だけで、内実は菊住と楽しめと粋立てした覚えはない。しかしこれしきのことで腹立てる自分ではない。ずいぶん穏便に済ますべし。ともかく実否をつきとめ、新聞社へ手を廻して確かなるところを探らせたまえ。山瀬は新聞を取り上げ、この社の記者には伝手があるので、少しばかり金を握らせれば、詳細を教えてくれるだろうと言います。山瀬は配下の者を使って、新聞の虚実を糺すと、さらに詳しいことを聞かせてくれます。山瀬はその内容をそのまま余五郎に注進することが忍びず、まずはお才のもとを訪ねます。客間へと通されますが、この座敷では不都合なので二階へと注文します。二階の座に着いて茶の出る頃、お風呂が沸いたのでざっと一杯と言われ、山瀬は風呂に入ります。浴衣のまましばらく涼んでいると、まず一杯とお才のお酌。真面目の説法なら今の内と、山瀬は、近頃の浮気が余五郎の耳に入って……と伝えると、お才の心は躍ります。いつかこの密会は露わになる時もあるかと度胸は据えて懸るも、なかば惑い、なかば恥じていると、山瀬は膝を進めて、相手は菊住であること、再会は歌舞伎座であること、さらに細かいことまで並べ述べられると、お才はただ呆れ、恐ろしさに身の毛がよだちます。タネは十分あげられて、逃れる道なく、お才はその通りと潔く白状します。山瀬は、菊住と切れて以後を神妙にするか、菊住と手鍋提げても添い遂げる気か問います。お才は口籠り、今度の不始末は若気のといっても恥ずかしく、一時の出来心といえども面目ない。余五郎の腹立たしさはさらさら無理ならず。心を改め一度は許してやらむとの思し召しなら、余五郎のそばを離れない願いと頼めば、山瀬は忠告のかいがあったことを喜び、余五郎へは私から申し上げようと言います。もし今日の言葉を反古にするようなことがあれば、仏の顔は三度まで、人は二度目に用捨はあらじと山瀬は言います。お才は打ち笑い、かつて菊住にハニートラップを仕掛けて関係を断たせた軍師の山瀬様、今度も断つのですねと言われ、山瀬は苦笑いします。

それまでにして我物[ワガモノ]にしたる御前[ゴゼン]の執心[シュウシン]を思ひたまへ。彼時[アノトキ]の計畧[ケイリャク]は御前[ゴゼン]の為、今日の忠告は貴嬢[アナタ]の為、主[シュウ]といふ字に二つは御坐らぬ。実[ゲ]にも山瀬はお家の忠臣[チュウシン]、と仇口交[アダグチマジ]りに帰支度[カエリジタク]すれば、まだ時刻も早きに、御意見の為立[シダチ]ではどうやら心済まず。是[コレ]から寛[クツロ]ぎて久しぶりにて昔語[ムカシガタリ]と留[ト]むれば、御守殿[ゴシュデン]のやうに男[オトコ]珍らしく、我等[ワレラ]へ然[サ]までにおほせらる〻は、近頃御前[ゴゼン]の御入来[オイデ]の遠々[トオトオ]しきゆゑか。早速明日[アス]にも御越[オコシ]あるやう取計[トリハカ]らはむほどに、私[ワタクシ]はこれにて御暇[オイトマ]と起上[タチア]がれば、浮気も畢竟[ツマリ]は其[ソレ]が原[モト]。これは御挨拶と笑ひて帰りぬ。
口では何様[ドノヨウ]にいうても、肚裏[ハラ]には仍[ナオ]専様[センチャン]を思ひ断[キ]らず。此頃[コノゴロ]になりて始めて聞けば、升屋[マスヤ]の小〆[コシメ]が菊住を横奪[ヨコドリ]せしも、自分が一図[イチズ]の心から、葛城に身を委[マカ]したるも、知らで罹[カカ]りし巧みの弶[ワナ]にて、いはヾ此方[コナタ]の不覚なれど、憎い仕方に腹も立ちて、当座に心の着かざりし無念さ、恨[ウラミ]は今も遺[ノコ]れり。
今度の事も其[ソノ]報怨[シカエシ]と思はヾ、御前[ゴゼン]も強いことはいはれぬ義理。此方[コチラ]も格別あやまり入[イ]るには及ばぬ理屈。此処[ココ]を山瀬に一問答[ヒトモンドウ]して、散々いうてやつても可[ヨ]かつたものを。否々[イヤイヤ]、旧時[ムカシ]の情夫[イロ]も今は姦夫[マオトコ]、その言分[イイブン]は通らぬ身ぞかし。

お才もなかなか強い女性ですよね!w

というところで「後編その十四」が終了します!

さっそく「後編その十五」へと移りたいのですが……

それはまた明日、近代でお会いしましょう!

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