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#1246 後編第十八章は、伝内も余五郎も、その後のお才の行動に警戒するところから……

それでは今日も尾崎紅葉の『三人妻』を読んでいきたいと思います。

今日から「後編その十八」に入ります!それでは早速読んでいきましょう!

(十八)悪くはない話
我[ワレ]見露[ミアラ]はして手柄にせむと、伝内少しも油断せざれど、お才の挙動[ソブリ]に、これぞと稜立[カドダ]ちて胡乱[ウロン]なる処も無く、十月は月の初[ハジメ]に一度花川戸へ、半過[ナカバスギ]に一度、中村楼[ロウ]に宇治の名弘会[ナビロメカイ]ありて、旧時[ムカシ]の師匠の義理に顔出しせしのみ。

名披露目とは、芸人・芸妓の改名や襲名のときに、芸名を広く宣伝させるため、関係者を集め宴を催したり挨拶回りを行なったりすることを言います。芸妓の新造出しには姉芸者や芸者の三味線などをもって歩く箱屋が付き添い、出入りの茶屋や芸者屋に挨拶回りをし、名刺代りと称して名入りの手拭などを配ったそうです。

此[コ]の二度の中[ウチ]に遣繰[ヤリクリ]ありしかと、疑はヾ疑ふまでの事にて、先[マズ]は別条[ベツジョウ]無しと見ゆるお才の摯実[マジメ]に、伝内も稍[ヤヤ]心を弛[ユル]せど、固[モト]より油断のならぬ女と、一図[イチズ]に念[オモ]ひこみたる志[ココロザシ]は鉄石[テッセキ]のごとく、今の処は無事なれど、気は常に実[ミ]ちて旺[サカン]ならざれば、虚[キョ]に乗[ツケイ]られて思はぬ不覚を取ること、剣道に於[オイ]ても是[コレ]第一の心得[ココロエ]なり。敵は豈独[アナガチ]刃[ヤイバ]を交へて切結[キリムス]ぶ時のみ在りと謂ふ可[ベ]からず。可恐可慎[オソルベシツツシムベシ]。一芸一道[イチゲイイチドウ]の達人其[ソノ]心懸[ココロガケ]はいや又[マタ]格別のものと、允可[インカ]の伝書は一々胸に畳[タタ]みて、今度こそ不意撃[フイウチ]は啖[ク]はぬ気でゐながら、疾[トウ]に二度やられしことは夢にも知らず。之[コレ]が木剣[ボクケン]の仕合[シアイ]ならば、手裏剣に袴の裾[スソ]を縫はれたる人なるべし。
御前[ゴゼン]の御出[オイデ]あれば、お才は全く前非[ゼンピ]のあらざらむ人のごとく、前に倍して狎々[ナレナレ]しく、我儘[ワガママ]も戯言[ジョウダン]もいふ中[ウチ]に、自[オノズ]から男心[オトコゴコロ]のとろりとなる、旨[ムマ]い仕向けを出来るだけ為[シ]て見すれば、固[モト]より憎[ニク]うて囲[カコウ]たる女ならねば、余五郎も味に気が乗りて、菊住とはまだ/\脈の通[カヨ]うてゐることは、十分に疑ひながら、かうされて見れば悪い心地はせぬかして、以前よりは思召[オボシメシ]のちと深いやうに見えぬ。

ということで、この続きは……

また明日、近代でお会いしましょう!

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