それでは今日も尾崎紅葉の『三人妻』を読んでいきたいと思います。
興津に着いて一週間ばかり、いつもと変わった珍しさに、朝起きてから、海よ浜よと黒くなって騒ぎます。鯛の捕れる沖、茸や蕨が生える山、柿栗の林、桔梗や女郎花が咲く野辺、東京の下地で食べる田舎の生蕎麦。ただ涼しさを取柄に二十日ばかりになります。別荘が建った頃から、お艶もこの夏は是非行きたいと言っていたので、差支えなければお呼び申してください。そうすれば私の気も休まり、お艶の喜びはいかばかり、と紅梅が言うと、お麻は、お艶を連れてこなかったのは、面当てがましい分け隔てしたと恨みに思うだろう。喜ぶとあれば喜ばせて心悪きことはない。飽きたところに新しい人が来たら、冴えかえりて興あるだろう。
というところで、「後編その二十五」が終了します。
さっそく「後編その二十六」へと移りたいのですが……
それはまた明日、近代でお会いしましょう!