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#1018 まっしぐらに駆け来る武者一騎

それでは今日も尾崎紅葉の『二人比丘尼色懺悔』を読んでいきたいと思います。

第二章の「戦場の巻」は、庵の主人である尼の夫である浦松小四郎のはなしのようです。
暁の空に、雪景色。小沢の近くに古い梅の木。低い梢に血が滴る生首が三つ結び付けられ、赤く染まる幹の二股に寄せかける若武者……。鎧の袖の板はちぎれ、草摺の板はほつれ、胴には血のまだら。額から眉を割って斜めをいく切り傷、赤をにじむ眼、うす青む面色。水際まで寄り、氷を破って、我が顔を水鏡に映して見詰め、顔の傷を洗い、辺りをまわして肩呼吸。半身を起き上げた、そのとき、右の太腿にヤリが!骨をも貫いたか!?見れば、小具足をつけた雑兵。「下郎!推参な!」……しかし、相手は一言も返さず、矢声高く切り下ろす。太腿に刺さったヤリを抜き取り、敵の胸板めがけて投げつけるが、体をひねって、斬り掛ってきます!つけいる若武者の切っ先を受け損じ、右の肩のはずれを割りつけられますが、すかさず二の刀で細首を打ち落とします。そんなとき、手綱を激しく搔い繰る音が!はたして敵なのか……味方なのか……。「きたれ何者!」

太刀[タチ]の血を雪にすり拭ひ。遅しと待つ処へ。青総[アオブサ]かけたる白栗毛の。逞[タク]ましき逸物[イチモツ]の蹄[ヒヅメ]に雪を煙[ケフ]らし。驀地[マッシグラ]に馳[カ]け来[ク]る武者一騎。鎧は褐色威[カチイロオドシ]。目深[マブカ]に頂くは同毛[オナジゲ]の六十四間[ケン]の星兜[ホシカブト]。獅子頭[シシガシラ]の前立物[マエダテモノ]に金の鍬形を聳[ソビヤ]かして。左脇に青貝[アオガイ]摺りたる二間柄[ニケンエ]の大笹穂[オオササホ]を横[ヨコタ]へし騎馬の姿-天晴[アッパレ]物慣れたる武者よ。此処に人ありと心附[ココロヅカ]ずや。馳抜[ハセヌ]けて通る後[ウシロ]より。
⦅此[コレ]は浦松小四郎守真[モリザネ]なり。手傷少々負[オイ]たれど。勇気は少しも衰へず。御不足[ゴフソク]ながら御相手[オンアイテ]仕[ツカマツ]らむ……いかに⦆
と声をかくれば。かれ俄[ニワ]かに駒首[コマツラ]引廻[ヒキメグ]らし。其足を留めて目庇[マビサシ]の陰[カゲ]より。守真の顔を篤[トク]と見[ミ]。
⦅やーッ小四郎か⦆
いふは誰[タレ]。守真深く怪[アヤシ]み。兜の内を伺ひながら。
⦅如何にも拙者は小四郎守真貴殿は……⦆
問はれて。背[セナ]に閃[ヒラ]めく。指物[サシモノ]の旗の端[ハシ]をとつて。守真にしめす。見れば緋羅紗[ヒラシャ]に遠山左近之助武重と白[シロ]し。
⦅やーッ伯父上[オジウエ]か⦆涙声
⦅小四郎……珍らしや⦆これも涙声。遽[イソ]がしく馬を下り。鑣[クツバミ]とつて進み寄れば。守真恭[ウヤウヤ]しく一礼[イチレイ]して。
⦅其後は御健勝で祝着[シュウチャク]に存じます⦆
⦅御身[オンミ]も達者で……⦆
いひかけて眉を顰め。守真の姿をと見……かう見。

ということで、この続きは……

また明日、近代でお会いしましょう!

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