見出し画像

#1634 イヤなものなら、はじめから断ればいいのに!

それでは今日も尾崎紅葉の『多情多恨』を読んでいきたいと思います。

お島から逃げるように葉山の家に行ったところからです。葉山が言います。「ちょうどよかった。今きみの家へ寄って帰ってきたところだ。この頃は毎日学校へ出るそうだね」「仕方がないから出る」「仕方がない奴があるものか。ほかに変わったことがあるだろう」「なにもないな」「あるはずだ。君の家に美しい人がいるじゃないか」。柳之助は苦い顔をして「あれか」。「あれはどこの人?」「類の妹さ」「それみたまえ。義理の妹だ。それを何でもないとはけしからんことだ。初めて見たが、姉様にはちっとも似てないね」「似とるものか!」「何という名だい」「島。あれはいいのかい」「まぁちょっといいね」「ぼくは嫌いだ」「親切に世話をしに来て、嫌われて、追い返されては気の毒な話じゃないか」「気の毒でも嫌いなものはしかたがない。帰ってくれとも言えん、イヤでたまらん、傍についてくれと頼みもせんことをして、じつにうるさい。穏やかに帰す方法はあるまいかね。あれが長く泊まってるようなら、うちにはおらんつもりだ」

「何を行[クダ]らない事を言ふのだ。内には居ないと云つたつて、誰の家[ウチ]なのだ。」
「僕の家[ウチ]さ。」
「自分の家[ウチ]を駈出[カケダ]すのかい、不見識[フケンシキ]極[キワマ]るねえ。」と葉山は顔を顰[シカ]める。
「それだから、何とか方[ホウ]はあるまいかと聞くのに、君はお島に惚れとるもんだから……。」
「おい/\大概にしてくれ給へ、惚れてるとは餘[アンマ]りだよ。」
「けれども好[イ]いと言つたぢやないか。」
「好[イ]いと惚れたとは別さ。君はお島さんは嫌ひだらうけれど、憎いと云ふほどではなからう、其[ソレ]と同じ事さ。」
「まあ其[ソレ]は如何[ドウ]でも可[イ]いとして、如何[ドウ]か還[カエ]したいのだがね。」
「其程[ソレホド]可厭[イヤ]なのなら還すが可[イ]いけれど、私の考へでも、当分居てもらつて万事の世話を頼むだ方が可[ヨ]からうと思ふ。有繋[サスガ]は阿母様[オッカサン]の経営[ハカライ]で、私も同意だがね。」
柳之助は鼓舌[シタウチ]をして、
「不要[ダメ]だ!」と顔を背ける。
「那様[ソンナ]に又[マタ]可厭[イヤ]なものなら始[ハジメ]から断れば可[イ]いのに。」
「今になつて那様[ソンナ]事を言つたつて所為[ショウ]が無い。」
「それは此方[コッチ]で言ふことだ。」
葉山も母親と同意といひ、且[カツ]はお島を好[イ]いと云ふ人であるからは、智恵を借りたいにも、到底出来ない相談と思つたから、もう言出[イイダ]すまいと為[シ]たが、是から還れば、又お島を見なければならぬ、と思ふと慄然[ゾッ]とする。

ということで、この続きは……

また明日、近代でお会いしましょう!

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集