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#1274 一度ならず二度ならず、三度までも足を運び……

それでは今日も尾崎紅葉の『三人妻』を読んでいきたいと思います。

お艶はお麻のもとを訪れますが留守にしているということで、帰ってくるまで待つというと、使用人は「お帰りのほどは知れません」というので、すごすごと帰ります。紅梅の母親が大病だというので、母親が隠居している場所を訪ねようとしますが、結局わからず、こちらもすごすご帰ることに……。一日おいて、再び本家を行くが、今朝からお出掛けになり帰りはわからないと言われます。二日も留守であることを訝しく思い、余五郎が来た時に、様子を聞くと、どうやら留守というのは嘘らしい……。お艶はおのれの不調法をならべて、お麻への謝罪を頼みますが、余五郎は「それしきのこと心配すな、おれが良きように言っておくから、いつでも遊びに行け」。口では言うがいつもの無頓着、洒落ばかり言って取り合ってくれません。

念を推して幾度[イクタビ]も嘱[タノ]めば、承知々々。気の無い顔して鬱[フサ]いでゐるゆゑ、どれほどの心配があるかとおもへば、其[ソレ]だけの事か、はて気の狭い。奥方[オクガタ]がいかに腹立てたりとも、鬼にもあらねば取[トッ]て啖[ク]ひもせまい。我[オレ]が附[ツ]いてゐるからは、泥濘[ヌカルミ]を蒸汽船で渡る気で丈夫[ジョウブ]に思へ、と髯[ヒゲ]を撫[ナ]で/\高笑ひす。
お艶はそれなりに黙りて、独りくよ/\物を思ひけるが、我手[ワガテ]一つにて事の始末は着くべくもあらず。頼むは兎も角も御前[ゴゼン]の外[ホカ]に人はあらじ、と明[ア]くる朝になりて又[マタ]此事[コノコト]を言出[イイダ]せば、余五郎も其[ソノ]心根[ココロネ]を不便[フビン]に思ひ、酒気[サカケ]無ければ真面目に請合[ウケオ]うて還[カエ]りぬ。
お艶は其[ソレ]を頼みに、二日経ちて後[ノチ]、今日こそは会ふ気で行[ユ]けば、亦[マタ]お留守と、有繫[サスガ]に用人[ヨウニン]も極[キマ]り悪げなる面色[カオツキ]。一度ならず二度ならず、三度までも足を運び、なほ御前[ゴゼン]のお言葉も懸かりけむものを、仍[ナオ]お心の解けぬとあれば、此上[コノウエ]に為[セ]むやうは無し、とお艶も勃然[ムッ]とせしが、噫[アア]人の妾などすればこそ、此様[コノヨウ]な口惜[クチオシ]き目にも遇[ア]へ。誰を恨むべきにもあらず、皆自[ミズカ]ら招きたる事と勘辨[カンベン]して、此[コノ]子あるゆゑの奥方[オクガタ]の憎悪[ニクシミ]と聞けば、どのやうに御機嫌取るとも、其[ソノ]効[カイ]はあるまじきを、何と思ひ違へてか、よしなき事に気を揉みける、我ながら鈍[オゾ]ましかりき。
度々[タビタビ]上がりまして嘸[サゾ]かし御迷惑の事、と用人[ヨウニン]にもしとやかに会釈して立出[タチイ]でぬ。いつでも留守に乳母は呆れて、御本家へ行[ユ]くも可[ヨ]けれど、御玄関[オゲンカン]の立往生[タチオウジョウ]は恐[オソ]れるよと、帰りて仲働[ナカバタラキ]に語りけるは、道理[コトワリ]せめて可笑[オカシ]かりし。

ということで、この続きは……

また明日、近代でお会いしましょう!

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