#637 「その三」は、貧しい草の屋で対面する男女の様子から…
それでは今日も山田美妙の『蝴蝶』を読んでいきたいと思います。
今日から「その三」に入ります!
西山を啣[フク]む二十三夜の残月、今些[スコ]し前まで降続[フリツヅ]いた五月雨[サミダレ]に洗われた顔の清さ、まだ化粧は止[ヤ]めずに雲の布巾[フキン]を携えて折々はみずから拭[ヌグ]っています。
西山を啣む二十三夜の残月…。「啣む」とは、口にくわえるという意味で、月が山にかかっている状態を指します。「二十三夜」は、真夜中になってのぼる下弦の月のことで、この日は「月待ちの儀」といって、宿に集まり、念仏を唱えたり飲食したりしながら月の出を待ち、月を拝んで解散します。
夜半、それがこの時の「美」の原素で﹆山里、それがこの処の「美」の源です。消迷[キエマヨ]うという様に淡泊な朦朧の光を受けては沐浴[モクヨク]したまゝまだ露を滴[シタタ]らせている新樹の影も咽[ムセ]ぶようで﹆そして僅[ワズカ]にかよわい呼吸を吐く風に戯[タワブ]れられては辛[カラ]く浮世の宿を求めた梢[コズエ]の雫[シズク]も落ちてまた雨となります。形容すれば、秋冬の淋しさは「嘆いている淋しさ」で、そして春夏の淋しさは「笑っている淋しさ」、その「笑っている」夜半の淋しさに忍んで色彩[イロ]を添える四辺[アタリ]の寂寞[ジャクマク]、思えば「自然」の腕も非常なものです。
此処[ココ]にある貧しい草の屋は手製と思[オボ]しく、掘立[ホッタテ]の柱に楢[ナラ]の丸木の棟木[ムナギ]を持たせ、そして貧家の常として、籾糠[モミヌカ]を厚く布[シ]いた上に更にまだ乾果[カワキハ]てもせぬ蒲[ガマ]の席[ムシロ]を不作法に舒[ノ]べてあります。今の眼からこれを想像して御覧なさい、北海道の土人の家か何かとか思われましょう。それでもまだ感心なのは明るいというよりは寧ろ暖いという方が適当しているらしく見える残燈が哀れな浪を打っていることです。「裏もかえさぬ」と馬琴なら言う荒壁[アラカベ]に矢根[ヤノネ]が幾本も打付[ウチツ]けてあってそれに衣服調度のたぐいが吊されてあるさえも釘の用方[モチイカタ]がまだ自由でないと思われて生計[クラシ]の度の低いのが見えます。
「裏もかえさぬ」の部分は、どうやら滝沢馬琴(1767-1848)の『南総里見八犬伝』(1814-1842)のなかに、「裏もかえさぬ下地壁」という表現があるようで、「裏をかえす」とは、壁の表側を塗ったあと裏側を塗り返すことをいうそうです。
時は夜更[ヨフケ]です。それで何か容易ならぬ事があると見えてこの家の夫妻は臥[フ]してもいません。男は胡坐[アグラ]、女は片膝立[カタヒザダ]て﹆二人とも思入[オモイイ]った体[テイ]です。
正座は、室町後半以降に定着した座り方で、平安時代は、男性はあぐら、女性は片膝立てが、いわゆる正式な座り方でした。
ということで、この続きは…
また明日、近代でお会いしましょう!
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