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#1534 「大丈夫でござりまする!」「来いと言うたら来い!」「大丈夫でござりまする!」
それでは今日も幸田露伴の『五重塔』を読んでいきたいと思います。
頭巾に笠に合羽をかぶり、こわごわながら烈風豪雨の中を駆け抜ける七蔵。ようやく十兵衛の家に着きますが、屋根の半分は風に奪われ、親子三人は隅の方で雨漏りから避ける始末。「これ!棟梁殿!そうしていられては済むまい!おもてはまるで戦争のような騒ぎ。お前の建てた塔はどうあろうと思わるる。吹く風まともに受けて揺れる、たわむ、きしる音の物凄さ。今にも倒れる、壊れると上人様も胆を冷やし気が気でなく心配している。お前が出てこないとはあんまりな大勇。さあ一緒に来てくれ!来てくれ!ぐずぐずせずと身支度せい!」。「七蔵殿、御苦労でござりましたが、塔は大丈夫!倒れませぬ!これほどの嵐で倒れたり折れたりするような脆いものではござりませぬ!十兵衛が出懸けてまいるにも及びませぬ」。「まあともかくも、おれと一緒に来てくれ!来て見るがよい!」。
彼[ア]の塔のゆさ/\きち/\と動くさまを、此処[ココ]に居て目に見ねばこそ威張つて居らるれ、御開帳の幟[ノボリ]のやうに頭を振つて居るさまを見られたら何程[ナンボ]十兵衞殿寛濶[オウヨウ]な気性でも、お気の毒ながら魂魄[タマシイ]がふはり/\とならるゝであらう、蔭で強いのが役にはたゝぬ、さあ/\一所に来たり来たり、それまた吹くは、嗚呼[アア]恐ろしい、中々止みさうにも無い風の景色、圓道様も爲右衞門様も定めし肝を煎[イ]つて居らるゝぢやろ、さつさと頭巾なり絆纏[ハンテン]なり冠[カブ]るとも被[キ]るともして出掛けさつしやれ、と遣り返す。大丈夫でござりまする、御安心なさつて御帰り、と突撥[ツッパネ]る。其[ソ]の安心が左様[ソウ]手易[タヤス]くは出来ぬわい、と五月蠅[ウルサク]云ふ。大丈夫でござりまする、と同じことをいふ。末には七藏焦[ジ]れこむで、何でも彼[カ]でも来いといふたら来い、我[オレ]の言葉とおもふたら違ふぞ圓道様爲右衞門様の御命令[オイイツケ]ぢや、と語気あらくなれば十兵衞も少し勃然[ムッ]として、我[ワシ]は圓道様爲右衞門様から五重塔建ていとは命令[イイツ]かりませぬ、御上人様は定めし風が吹いたからとて十兵衞よべとは仰[オッシ]やりますまい、其様[ソノヨウ]な情無い事を云ふては下さりますまい、若[モシ]も御上人様までが塔危[アブナ]いぞ十兵衞呼べと云はるゝやうにならば、十兵衞一期[イチゴ]の大事[ダイジ]、死ぬか生きるかの瀬門[セト]に乗[ノッ]かゝる時、天命を覚悟して駈けつけませうなれど、御上人様が一言半句十兵衞の細工を御疑ひなさらぬ以上は何心配の事も無し、余[ヨ]の人たちが何を云はれうと、紙を材[キ]にして仕事もせず魔術[テヅマ]も手抜[テヌキ]もして居ぬ十兵衞、天気のよい日と同じことに雨の降る日も風の夜も楽々として居りまする、暴風雨[アラシ]が怖いものでも無ければ地震が怖うもござりませぬと圓道様にいふて下され、と愛想なく云ひ切るにぞ、七藏仕方なく風雨の中を駈け抜けて感応寺に帰りつき圓道爲右衞門に此[コノ]よし云へば、さても其[ソノ]場に臨むでの智慧の無い奴め、何故[ナゼ]其時[ソノトキ]に上人様が十兵衞来いとの仰せぢやとは云はぬ、あれ/\彼[アノ]揺[ユ]るゝ態[サマ]を見よ、汝[キサマ]までがのつそりに同化[カブレ]て寛怠過ぎた了見ぢや、是非は無い、も一度行つて上人様の御言葉ぢやと欺誑[タバカ]り、文句いはせず連れて来い、と圓道に烈しく叱られ、忌々[イマイマ]しさに独語[ツブヤ]きつゝ七藏ふたゝび寺門を出でぬ。
というところで、「その三十三」が終了します。
さっそく「その三十四」を読んでいきたいと思うのですが……
それはまた明日、近代でお会いしましょう!