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#254 待たされる倉瀬くん
今日も坪内逍遥の『当世書生気質』を読んでみたいと思います。
第十七回は、第十六回の続きから始まります。倉瀬くんは、顔鳥から託された手紙を守山くんに渡します。妓楼で出会った顔鳥が自分の妹の可能性が出てきてビックリの守山くん。そして、先日、母と妹の人探しの広告を再び出すに至った経緯を、倉瀬くんに説明します。その内容を聞いて、いよいよ確信が強まったとみえて、倉瀬くんは、ひとっ走り行って様子を知らせて来ようかと守山くんに問いますが、短刀だけでは証拠が足りないと答えます。その後、守山くんとお常さんと園田さんと小町田くんの関係を倉瀬くんに説明すると、どうやら倉瀬くんはお常さんに会ったことがあるようで、その時、お常さんは、小町田くんと内々で話したそうにしていたというのです。それを聞いて守山くん、ハハアと思い当たるところがあったようで、第十三回で展開された、小町田くんと田の次が密会した場面の舞台裏を語ります。それによると、田の次を不憫がったお常さんが、自分が住んでいる園田さんの別宅に小町田くんを招いて、出し抜けに田の次に逢わせるセッティングをしたというのです。それを聞いて倉瀬くんは「お常さんは悪気でしたわけじゃないだろう」と言いますが、それに対して守山くんは「勿論そうだが小町田くんのためにならない」と答えます。しかし、倉瀬くんは、お常さんの計らいを擁護します。それに対して守山くんは、身分・身元のわからない芸妓をワイフにしたら批評をするのが日本人の持前だと、丁々発止のやりとりをします。さらに、守山くんは社会人になって悟ったことがあるようで、社会は敵で薄情だから、弱点を有すると出世の大障害になると言います。それに対して、倉瀬くんは、日本は名誉も得られないが失敗もすぐに忘れ恥もかかない便宜な国だと言います。しかし、守山くんは、倉瀬くんの考えは栄誉と恥辱を比べて栄誉が多ければそれでいいという任天主義だと反論します。それに対して、倉瀬くんは、「芸妓を妻にするのは処世の障碍」だという部分を批評し、独自の「恥辱の三段論法」を展開します。それを聞いて、守山くんは反論しようとしますが、ここで、守山くんのお父さんが事務所を訪れます。どうやら、守山くんのお父さんは、東京に引っ越すために上京したようで、倉瀬くんは帰ろうとしますが…
守「マア待[マチ]たまへ。そのシスタアの一件ぢゃア、あるひは君の手を労さなければならんもしれんし、かつはフハザアにも会つてくれたまへ。純たる天保度[テンポウド]の人間だから、逢つても面白くはなかろうけれども、頗[スコブ]る書生風の気性[キシツ]だから、却[カエ]つて我輩より気は若いヨ。決して気のつまる老爺[ジジイ]ぢゃないから、マアともかくも逢つてくれたまへ。しかし、一寸[チョット]失礼して、まづ挨拶をして、来ませう。」トいひつつはたはたと手を鳴らせば、書生はふたたび襖をひらきて、手をつかへつつ面[カオ]さしいだす。
守「アノ尾田木[オダギ]さん。お銚子をかへてネ、そして何か食[クエ]る肴[サカナ]を。」
倉「もう僕ア沢山です。僕のためなら廃止[ヨシ]たまへ。」
守「マアいいヨ。悠然[ユックリ]やりたまへ。……それぢゃア一寸失礼。……お銚子を早く。なるべく熱いのがいいヨ。」ト万事ぬけ目なく世話をやきて、やがて彼方[カナタ]へいでゆきけり。
後に倉瀬はただ一個[ヒトリ]、ぼんやりとして坐りゐしが、酒もやうやく飲[ノミ]あきたるに、先刻よりの贅議論[ムダギロン]で、いくらか話が理に沈みて、酔も次第に醒[サメ]たるゆゑ、ますます退屈に困りはてて、一分[プン]一日[ニチ]の思ひをして主人の出来[イデキタ]るを待[マツ]てをれど、俄に急要務のできしと見え、書生が銚子を持参しながら、その断[コトワリ]をいひなどす。
ということで、この続きは…
また明日、近代でお会いしましょう!