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#602 人の大事な女を!!!

それでは今日も山田美妙の『花ぐるま』を読んでいきたいと思います。

第十一回は、ある待合の奥二階に男女二人が差し向かいに座っている場面から始まります。夜は11時過ぎ。ひとりは、新聞記者であり私犯法の教師である杉田先生。もうひとりは、18、9歳の女性です。杉田先生がタバコに火をつける時、「つけてくれる人もいないのか」と言うと、女性は「あの子につけてもらいなさいましよ」と何やら重たい雰囲気です。女性は、薫ことお華という芸妓で、杉田先生はこの芸妓を贔屓しているようなのですが、どうやらお華は、お梅さん(杉田先生の妹)の見合い相手の美佐雄を贔屓しているようなのです。杉田先生は、新聞で孝行な芸者だと書き立てたり、鹿鳴館の演芸矯風会へ連れて行ったじゃないかと恩着せがましいことをお華に言います。そんなやりとりの最中、美佐雄さんがやってきます。女主人に「薫は?」と問うと、「薫さんなら今お座敷ですよ」と答えます。

「ふむ」、落付[オチツ]きたくは無いが落付くといふ工合[グアイ]で火鉢の中をかきまはし、「今行ッたンだ薫の家[ウチ]へ。そしたら此処[ココ]へ来て居るといふから」…
「おや/\猫の恋ですねエ」。
笑出[ワライダ]されてもむしろ嬉しく、
「猫の恋ぢやアいけないかね。『似合ふ』/\と言合[イイア]ッて末[スエ]には『夫婦』となる奴かね」。
「これハ、ま、御挨拶ッ。受賃[ウケチン]は二割増[ワリマシ]ですよ」。
「はゝゝ、強気[ゴウギ]に現金だね」。
「その代[カワリ]やがて御赤飯をも現金にいたゞきますよ」。
「なアんだ、自分の勝手ばかり」。
御赤飯と言はれても嬉しいやうです。図に乗ッて声を潜め、
「あの杉田とか言ふのは此間[コノアイダ]も若吉[ワカキチ]に頼んで小露[コツユ]を手に入れやうとした奴だといふ事だね」。
「あゝ左様[ソウ]ですよ」。
押[オシ]が強いよ、新聞屋だといふのを笠に着て。実はありやア私[ワタシ]の縁[エン]につながる物なンだ。それだのに人の芸妓[ゲイシャ]と差向[サシムカイ]とハ…ヘン知ッて為[ス]るか、知らないで為[ス]るか知らないが、ねエ御神[オカミ]さん、忌々[イマイマ]しいぢや無いか」。
顔をさしよせていよ/\声を潜め、
「一件ぢやア無いか」。
口説[クド]いて居るのかといふ趣[オモムキ]を手真似[テマネ]でして見せれば主人[アルジ]もそれ者[シャ]、
「どうだか知れませんわ」。
さすがに胸は煑立[ニエタ]ッて来ます。奥二階、ぺんともつんともせぬだけに心配の種になる奥二階。「人の大事の女を…をのれ地廻[ジマワ]り」。考出[カンガエダ]せば黙ッてハ居られません。

「ぺんともつんともせぬ」とは、三味線や琴の音もしない、という意味です。

ということで、この続きは…

また明日、近代でお会いしましょう!

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