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#1295 何というても正直に勝つものはござりませぬ!

それでは今日も尾崎紅葉の『三人妻』を読んでいきたいと思います。

余五郎の遺体を前にして泣き沈んでいるお艶は、轟と乳母に助けられて玄関へと出ます。藤崎が追ってきて、今日は混雑の最中のため、遠慮あって奥方に説明できない、片付き次第申し上げる所存のため、今日はこれにて……と言われ、轟は内心不満ですが、身勝手ばかりも言えず、礼を述べますが、お艶はすすり上げています。轟はお艶を車に乗せ、我が家に帰りますが、ひとり嘆き悲しんでいるお艶を気の毒に思い、すぐに轟の妻を遣わします。翌日、余五郎は谷中の天王寺に葬られます。葬式に参列する者一万七千人、手向けの花は三町あまりを埋め尽くし、見物人は山の如くに盛んです。

お艶は仍[ナオ]奥方の不興を蒙[コウム]れば、公然[オオヤケ]には此[コノ]送葬[ミオクリ]に立ち難きを悲しみ、我は衆[ヒト]の跡より随従[オトモ]申上げむも苦しからねど、余之助様を出入[デイリ]の輩[モノドモ]の下[シモ]などに置かむことは勿躰[モッタイ]なく、馬車に駕[ノ]りて立派に会葬のなるべき身を、見物の群集に紛れて余所[ヨソ]ながら見送り、一先[ヒトマズ]家に還[カエ]りて、人の去りたる後[ノチ]私[ヒソカ]に天王寺に詣で、墓標の前に新[アラタ]なる悲[カナシ]みの涙を濺[ソソ]ぎぬ。
此日[コノヒ]より朝々[アサアサ]墓参[ボサン]を懈[オコタ]らず、帰路[カエリ]には轟方[カタ]に立寄[タチヨ]りて彼[カノ]沙汰を待ちけるに、はや一月[ヒトツキ]を過ぐれども、藤崎より何等[ナンラ]の音信[タヨリ]も無きは、商社の改革に遑[イトマ]無き身と知れど、お艶の心をも、酌みて、轟は幾度[イクタビ]か会ひに行[ユ]けども掛違[カケチガ]ひ、書状[フミ]を送れども返事は来[キタ]らず、四月の末[スエ]になりて、やう/\藤崎より手紙来[キタ]りぬ。
奥方の心解けて、明日[アス]はお艶に会はむとの事なれば同道[ドウドウ]せよとの文面に、轟夫婦は無上に喜びて、内儀は他[ヨソ]へ行[ユ]かねばならぬ用事を差措[サシオ]き、これからお艶様へお知らせ申しにと飛[トン]で行[ユ]けば、お艶は一目[ヒトメ]見るから、内儀の気色[ケシキ]に其[ソレ]と察して、藤崎様からお音信[タヨリ]がござりましたかと問へば、色々藤崎様の御尽力[オホネオリ]にてやう/\奥様の御機嫌直り、明日は会はうから午前[ヒルマエ]におつれ申せとのことでござりまする。祈らずとても神や護[マモ]らむとやらで、何というても正直に勝つものはござりませぬ。貴嬢[アナタ]のお身のお疑ひが霽[ハ]れますれば、紅梅めは尻尾[シッポ]を出して吼面[ホエヅラ]かくは知れたこと。えゝもう此様[コノヨウ]な嬉しいことはござりませぬ。昨夜[ユウベ]からの頭痛がさつぱりと癒[ナオ]つて、胸までがすつといたしました。まあ/\お喜び遊ばしまし、と聞くよりお艶は思はず乗出[ノリダ]して、其[ソレ]は実[ホン]の事でござりまするか。何より証拠はと帯[オビ]の間[アイダ]を探りて、藤崎の書状を取出[トリイダ]せば、お艶は嬉しく取上[トリア]げて、おやお手紙は、と封筒ばかりなるに、おほゝゝゝゝゝゝゝゝ。

というところで、「後編その四十」が終了します!

さて……次章で、この『三人妻』もいよいよ最終回です!

それでは、また明日、近代でお会いしましょう!

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