それでは今日も尾崎紅葉の『三人妻』を読んでいきたいと思います。
菊住の服装は歌舞伎座で見たのと同じで一張羅。お才は打ち解ける薬は酒だと支度を急がせます。お才は母の浴衣に着替え、菊住は麻襦袢で涼みながら、別れてからの物語となります。菊住は、お才と別れてから二か月目には小〆にも振られ、その後、会社に勤めるが薄給で諦め、惨めにも神妙に暮らし、ひと月送るも切なく、人を怨むこともできずと言うと、お才は打ち笑みます。罪を作る報いの恐ろしさ、色男の末とは皆そうしたもの……。忘れても色事は慎みたまえ。よき往生は難しき体なりと思いありげに菊住の顔を覗くと、こめかみあたりに傷があり、それはと尋ねると、これもバチなれどこなたの過失と言うと、お才はあの時の傷かと驚きます。この傷こそ菊住一代の色事のカタミ。昨日、歌舞伎座で見た時の衰えた姿。今の若さでどうする気かとお才は帯の間から五十円を投げ出します。菊住は「こんなに戴いては……」と、しおらしく頭を下げ、「せっかくのこころざしなればありがたく……」と金を戴くと、お才は「みっともない!そんな真似はヤメにしやんせ!女に物を貰ったら、うれしい顔をせぬほうが男らしくていいもの!」と言います。お才は、大事な主がありながら悪い事をしては義理が済まぬ、旦那の耳に入ればそなたの身にかかわることと言えば、菊住は煮るなり焼くなりよろしきようにと言います。
これもずっと気になってたんですよね。「だいたいの時間」を言うときの「五分ぐらい」の「くらい」っていつから使われているんでしょうね。
1935(昭和10)年5月の『世界』に掲載された寺田寅彦(1878-1935)の随筆「物売りの声」には、こんな一文があります。
納豆売りは、唐辛子も一緒に売り歩いていたのでしょうか。
「物売りの声」には、こんな一文もあります。
ということで、この続きは……
また明日、近代でお会いしましょう!