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#1028 振った男を介抱する振られた女

それでは今日も尾崎紅葉の『二人比丘尼色懺悔』を読んでいきたいと思います。

第三章は、小四郎が、館の別室で、先の合戦の傷を癒しているところから始まります。「御気分はいかがでござります」と芳野が介抱にやってきます。「ありがとうぞんじます。伯母上は?」「毎朝、山の不動様へ日参を致します」「拙者ゆえに伯母上は御日参……あぁもったいない!」

芳野の顔を見護[ミマモ]りて。
⦅久々[ヒサビサ]御病気とうけたまはりましたが。もウ御全快なされたか⦆
⦅私[ワタクシ]……はイ……その病気を御存じで御座りましたか⦆
裏に怨[ウラミ]を含む言葉-麗はしけれど薊[アザミ]の花。刺[トゲ]ありとしれば手はのびず。守真は眼[マナコ]を塞[フサ]ぎ。
⦅ゆるして下され⦆
千言[センゴン]より一句のつらさ。
⦅お目出たうござりました⦆
応ぜぬ答[コタエ]。目出たいとは何が。守真の今の身の上に。不吉ならぬはなし。敗軍-武士の最も忌む可[ベ]き。服薬-人の最も厭[イト]ふ可[ベ]き。守真は解[ゲ]せぬか-答[コタエ]なく。解[ゲ]したるか-顔を背く。
⦅御祝言遊ばしましたとやら……⦆
扨[サテ]は是[コレ]……此恨[コノウラミ]か。毒を塗りし尖矢[トガリヤ]。うらかくまで守真の胸。あツとも言はず身を縮まし。あとは何事をいひ出すかと。血は脈管[ミャクカン]に浪[ナミ]を打つて。胸は安[ヤス]まらず。あとの言葉を気遣へば今の無言の気味わるさ。あツ。口を開く……身は縮む。

御台様の侍女を選んだ男……許嫁なのに振られた女……振った男を介抱する振られた女……これはさすがに気まずいですね……

⦅小四郎様。女と申ものは貞操[ミサオ]が大事と申しますが。その様な物で御坐りますか⦆
荊棘[イバラ]に咲く桜-思ひもかけぬ……奇異な質問。守真は深く訝[イブカ]りながら。しかし容易に。
⦅申[モウス]も愚[オロカ]。女は貞操[ミサオ]を守つて両夫[リョウフ]に見[マミ]えず。男は二君[ニクン]に……⦆
言ひかけて猶予[タメラ]ふは。我身[ワガミ]に耻[ハジ]てか。
⦅芳野殿の手前も面目ない……忠臣は二君に仕へず……難有[アリガタ]い御教訓。なか/\生長[イキナガ]らへて居[オ]らるゝ身では御座らぬ。思へばあの時伯父上のお言葉に背いても……⦆
米を植えて稗[ヒエ]-芳野は呆顔[アキレガオ]。
⦅あレ何事で御座ります。私[ワタクシ]の申した事がお気に障[サワ]りましたか。その様な心で申したのでは御座りませぬ。女は両夫[リョウフ]に見[マミ]えずと申しますが。殿御[トノゴ]は沢山恋人をお持ちなされ……てもよろしいので御座りますか⦆
守真が気を損じてはと。こは/\ながらいふ怨言[ウラミ]。気を損じてはと。斟酌[シンシャク]するは「愛」怨言[ウラミ]は「悪[オ]」水火[スイカ]のやうな「愛」と「悪[オ]」を。加減する処女心[オトメゴコロ]。何処[ドコ]までも悪[ニク]からぬもの。守真が答[コタエ]-応[オウ]といはば。我身[ワガミ]を辨護[カバ]へども……道に背く。否[イナ]といはば。道に合へど我身[ワガミ]に裏切る。思案に暮れて口を閉ぢしが。露[ツユ]を厭[イト]ふも濡れぬ前[サキ]。我身を裏切れ……道に合へ。

ということで、この続きは……

また明日、近代でお会いしましょう!

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