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#1633 ぼくはきらいだ!

それでは今日も尾崎紅葉の『多情多恨』を読んでいきたいと思います。

お島から逃げるように葉山の家に行ったところからです。葉山が言います。「ちょうどよかった。今きみの家へ寄って帰ってきたところだ。この頃は毎日学校へ出るそうだね」「仕方がないから出る」「仕方がない奴があるものか。ほかに変わったことがあるだろう」「なにもないな」「あるはずだ。君の家に美しい人がいるじゃないか」。柳之助は苦い顔をして「あれか」。「あれはどこの人?」「類の妹さ」「それみたまえ。義理の妹だ。それを何でもないとはけしからんことだ。初めて見たが、姉様にはちっとも似てないね」「似とるものか!」「何という名だい」「島」「お島さんか。婀娜な名だ」

「君は女子[オンナ]さへ見りや誰でも賞[ホ]める。」
「那様[ソンナ]に有仰[オッシャ]らなくても可[イ]い、好[イ]いのを好[イ]いと言ふ分には差支[サシツカエ]はあるまいぢやないか。」
「ぢや彼[アレ]は好[イ]いのかい。」
「まあ、一寸[チョイト]好[イ]いね。」
「僕は嫌ひだ。」
柳之助は此[コノ]嫌ひなお島を何とか處置[ショチ]したい為に、葉山の智恵を借りやうかの所存もあつたのであるのに、「好[イ]いね」と聞いては甚だ頼もしくなかつたが、問はるゝまゝに、泊懸[トマリガケ]に来てゐる来歴を一遍[ヒトトオリ]話して聞かせると、
「なるほど、それでは聞いて見るほど君は先方[サキ]の好意を無にしてゐる理[ワケ]だ。第一お島さんが可愛さうぢやないか。」
柳之助は不懌[イヤ]な色[カオ]をして、
「君は直[ジキ]にお島の事を言ふ。」
「言ふ理[ワケ]ぢやないが、親切に世話を為[シ]に来てさ、嫌はれてさ、結局[シマイ]が逐還[オイカエ]されは、随分気の毒な話ぢやないか。」
「気の毒でも何でも嫌ひなものは為方[シカタ]が無い。如何[ドウ]かして還[カエ]して了[シマ]ひたいと思ふのだけれど、還[カエ]つてくれとも言へんしねえ、可厭[イヤ]で耐[タマ]らんのに、傍[ソバ]に附いとつて嘱[タノ]みも為[セ]ん事を為[シ]て、実に懊悩[ウルサ]くてね、僕は這麼[コンナ]弱つた事は無い。如何[ドウ]か、君、穏[オダヤカ]に還[カエ]す方[ホウ]はあるまいかね、僕はもう彼[アレ]が長く泊つとるやうなら、内には居[オ]らん意[ツモリ]だ。」と柳之助は思込むで言ふ。

ということで、この続きは……

また明日、近代でお会いしましょう!

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