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#549 夜泣きうどんは来ないかなぁ〜

それでは今日も山田美妙の『花ぐるま』を読んでいきたいと思います。

時刻は夜9時ごろ。どうやら季節は冬のようで、ガス灯の明かりは霧にかき消され薄暗く、犬が吐く息は白い寒気を含んでいます。月には雲がかかっていますが、風はその雲をはらうこともなく、ただ寒気を吹き寄せるばかりです。川に沿って、五六台の人力車が並んでいます。そこで、車夫たちの愚痴り合いが始まります。内容は「身勝手な客について」でして…。運賃が高いと言う客に苛立つことを愚痴ると、別の車夫が「それは客の勝手だ」と言います。すると「なに勝手?だから、そいつらは勝手な奴らだ」と、「勝手」の意味を履き違えて話が進み、乗合馬車と同じ運賃で人力車に乗ろうとする客の話をします。その話を聞いた別の車夫が、単なる辻乗りなのに、まるでお抱え車のように扱う「身勝手な客」の話を始めます。すると、二人の話を聞いていた一番歳の若い車夫が、すこぶる道理にかなった真面目な反論をします。すなわち「規定外の賃銭を取るのは道理じゃない」と。「ちとばかりの金銭で良心に恥ずるよりはむしろ、そうでないほうが…」と。すると、相手はまごまごしだして、「うう…」としか言えません。

「川風さむく千鳥啼[ナ]く」…それは歌の文句です、千鳥は真逆[マサカ]啼きませんが、風は次第に力を加へて岸の枯葭[カレアシ]をさわがせていとゞ其響[ソノヒビキ]で寒気[サムサ]を余処[ヨソ]へ伝[ツタエ]ます。つまらなくても話に紛[マギ]れて居るうちは流石[サスガ]その響[ヒビキ]も耳に入[イ]りませんでしたが、さて今俄[イマニワカ]に話を止[ヤ]めてしまふと冬の夜の哀[アワレ]は骨身に浸徹[シミトオ]ります。
身の薄命、それを察してか、蠟蠋[ロウソク]も滴[シタタ]る蠟[ロウ]の涙に目瞬[マバタ]いて提灯[チョウチン]もそれを頭痛に病んでか、鉢巻[ハチマキ]をして薄暗く、否[イエ]、浮立[ウキタ]ッても見えません。人通りはいよ/\絶えて今は立明[タチア]かす望[ノゾミ]も無ささうです。「あゝ寒ウいッ…夜啼饂飩[ヨナキウドン]は来ないかなア」。

「夜啼饂飩」とは、深夜まで笛を吹いて売り歩く屋台のうどん屋のことです。

欠伸[アクビ]しながら前の二人に問答して居ましたが遂に思切[オモイキ]ッたと見えて支度してそろ/\帰出[カエリダ]しました。
帰掛[カエリカ]けて二人は猶止[ナオトド]まッて居る若いのに向[ムカ]ひ、御前[オメエ]全体何処[ドコ]なんだ。なに本郷?え、本郷?」
声に「駭[オドロ]いた」といふ意味が見えて居て、やがて壳々[ガラガラ]曳出[ヒキダ]しながら、
「ぢやア好[イ]鳥を引掛[ヒッカ]けて帰[ケエ]らねエぢやア…なア」。
この言葉を聞いたか聞かなかッたか、若いのは返答も為[シ]ません。その内[ウチ]に夥伴[ナカマ]は遠ざかッて仕舞ひました。茫然[ボウゼン]…何か思案がありさうです、今は早絃歌[ハヤゲンカ]も絶えて燈光[アカリ]も消えた向河岸[ムコウガシ]の家を心ありげに眺めて…無論わづかに余命に喘[アエ]ぐ月影[ツキカゲ]ですから正確[タシカ]には見えませんが…しかし思入[オモイイレ]は充分にあらはれて居ます。

ということで、この続きは…

また明日、近代でお会いしましょう!

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