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#1477 でかき声を発して馬鹿め!!!

それでは今日も幸田露伴の『五重塔』を読んでいきたいと思います。

襟のしるしの字さえ朧げな半纏を着て、古い股引を穿いて、髪は埃にまみれて、顔は日に焼けて品格なき風采の男が、うろうろのそのそと感応寺の大門に入ろうとすると、門番が「何者ぞ!」と質します。男は、腰を屈めて馬鹿丁寧に、「大工の十兵衛と申しまする。御普請につきましてお願いに出ました」。門番は、源太が弟子を遣わしたのだろうと通します。用人の為右衛門が立ち出で、「見慣れぬ棟梁、何の用事でみえられた」。「わたくしは大工の十兵衛と申す者、上人様のお目にかかりお願いをいたしたい事のあってまいりました、どうぞお取次くだされまし」。「ならぬ、ならぬ、上人様は俗用にお関わりはなされぬ。願いというは何か知らねどいうてみよ」。

それを無頓着の男の質朴[ブキヨウ]にも突き放して、いゑ、ありがたうはござりますれど上人様に直々[ジキジキ]で無うては、申しても役に立ちませぬ事、何卒[ドウゾ]たゞ御取次を願ひまする、と此方[コチ]の心が醇粋[イッポンギ]なれば先方[サキ]の気に触る言葉とも斟酌せず推返[オシカエ]し言へば、爲右衞門腹には我を頼まぬが憎くて慍[イカ]りを含み、理[ワケ]の解らぬ男ぢやの、上人様は汝[キサマ]ごとき職人等に耳は仮[カ]したまはぬといふに、取次いでも無益[ムヤク]なれば我が計ふて得させんと、甘く遇[アシラ]へば附上[ツケアガ]る言分[イイブン]、最早何も彼[カ]も聞いてやらぬ、帰れ帰れ、と小人[ショウジン]の常態[ツネ]とて語気たちまち粗暴[アラ]くなり、謬[ニベ]なく言ひ捨て立[タタ]んとするに周章[アワ]てし十兵衞、ではござりませうなれど、と半分いふ間[マ]なく、五月蠅[ウルサイ]、喧[ヤカマ]しいと打消され、奥の方[カタ]に入[ハイ]られて仕舞ふて茫然[ボンヤリ]と土間に突立[ツッタ]つたまゝ掌[テ]の裏[ウチ]の螢[ホタル]に脱去[ヌケ]られし如き思ひをなしけるが、是非なく声をあげて復[マタ]案内を乞ふに、口ある人の有りや無しや薄寒き大寺[オオデラ]の岑閑[シンカン]と、反響[ヒビキ]のみは我が耳に堕ち来れど咳声[シワブキ]一つ聞えず、玄関にまはりて復[マタ]頼むといへば、先刻[サキ]見たる憎気[ニクゲ]な怜悧[リコウ]小僧[コボウズ]の一寸[チョット]顔出して、庫裡へ行けと教へたるに、と独語[ツブヤ]きて早くも障子ぴしやり。
復[マタ]庫裡に廻り復[マタ]玄関に行き、復[マタ]玄関に行き庫裡に廻り、終には遠慮を忘れて本堂にまで響く大声をあげ、頼む/\御頼[オタノ]申すと叫べば、其声[ソレ]より大[デカ]き声を発[イダ]して馬鹿めと罵りながら爲右衞門づか/\と立出で、僮僕[オトコ]ども此[コノ]狂漢[キチガイ]を門外に引き出[イダ]せ、騒々[ソウゾウ]しきを嫌ひたまふ上人様に知れなば、我等が此奴[コヤツ]のために叱らるべしとの下知[ゲジ]、心得ましたと先刻[サキ]より僕人部屋[オトコベヤ]に転がり居し寺僕等[オトコラ]立かゝり引き出[イダ]さんとする、土間に坐り込んで出[イダ]されじとする十兵衞。それ手を取れ足を持ち上げよと多勢[オオゼイ]口々[クチグチ]に罵り騒ぐところへ、後園[コウエン]の花二枝三枝[ニシサンシ]剪[ハサ]んで床[トコ]の眺めにせんと、境内[ケイダイ]彼方此方[アチコチ]逍遥されし朗圓上人、木蘭色[モクランジキ]の無垢を着て左の手に女郎花[オミナエシ]桔梗[キキョウ]、右の手に朱塗[シュ]の把[ニギ]りの鋏[ハサミ]持たせられしまゝ、図らず此所[ココ]に来かゝりたまひぬ。

というところで「その五」が終了します。

さっそく「その六」を読んでいきたいと思うのですが……

それはまた明日、近代でお会いしましょう!

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