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#1524 その二十八は、清吉の母親が源太のもとを訪れるところから……

それでは今日も幸田露伴の『五重塔』を読んでいきたいと思います。

今日から「その二十八」に入ります!それでは早速読んでいきましょう!

「その二十八」は、清吉の母親が源太のもとを訪れたところからですね。

其二十八

あゝ好いところで御眼にかゝりましたが何所[ドチラ]へか御出掛けでござりまするか、と忙[セワ]し気[ゲ]に老婆[ババ]が問ふに源太軽く会釈して、まあ能[ヨ]いは、遠慮せずと此方[コチ]へ這入[ハイ]りやれ、態々[ワザワザ]夜道を拾ふて来たは何ぞ急の用か、聴いてあげやう、と立戻れば、ハイ/\、有り難うござります、御出掛のところを済みません、御免下さいまし、ハイ/\、と云ひながら後に随[ツ]いて格子戸くゞり、寒かつたらうに能[ヨ]う出て来たの、生憎お吉も居ないで関[カマ]ふことも出来ぬが、縮[チヂコ]まつて居ずとずつと前へ進[デ]て火にでもあたるがよい、と親切に云ふてくるゝ源太が言葉に愈々[イヨイヨ]身を堅くして縮[チヂコ]まり、お構ひ下さいましては恐れ入りまする、ハイ/\、懐炉[カイロ]を入れて居りますれば是[コレ]で恰好でござりまする、と意久地なく落かゝる水涕[ミズバナ]を洲[ス]の立つた半天[ハンテン]の袖で拭きながら遥[ハルカ]下[サガ]つて入口近きところに蹲[ウズク]まり、何やら云ひ出したさうな素振り、源太早くも大方察して老婆[トシヨリ]の心の中[ウチ]嘸[サゾ]かしと気の毒さ堪らず、余計な事仕出[シイダ]して我に肝煎[キモイ]らせし清吉のお先走りを罵り懲らして、当分[トウブン]出入[デイリ]ならぬ由[ヨシ]云ひに鋭次がところへ行かんとせし矢先であれど、視れば我が子を除いては阿彌陀様より他[ホカ]に親しい者も無かるべき孱弱[カヨワ]き婆[ババ]のあはれにて、我[ワレ]清吉を突き放さば身は腰弱弓[コシヨワユミ]の弦[ツル]に断[キ]れられし心地して、在るに甲斐なき生命[イノチ]ながらへむに張りも無く的も無くなり、何程[ドレホド]か悲み歎いて多くもあらぬ余生を愚痴の涙の時雨[シグレ]に暮らし、晴々とした気持のする日も無くて終ることならむと、思ひ遣れば思ひ遣るだけ憫然[フビン]さの増し、煙草捻[ヒネ]つてつい居るに、婆[ババ]は少しくにぢり出で、夜分まゐりまして実に済みませんが、あの少しお願ひ申したい訳のござりまして、ハイ/\、既[モウ]御存知でもござりませうが彼[アノ]清吉めが飛んだ事をいたしましたさうで、ハイ/\、鐵五郎様から大概は聞きましたが、平常[フダン]からして気の逸[ハヤ]い奴で、直[ジキ]に打[ブ]つの斫[キ]るのと騒ぎまして其度[ソノタビ]にひや/\させまする、お蔭さまで一人前にはなつて居りましても未[マ]だ児童[ガキ]のやうな真一酷[マイッコク]、悪いことや曲つたことは決して仕ませぬが取り上[ノボ]せては分別の無くなる困つた奴[ヤッコ]で、ハイ/\、悪気は夢さら無い奴でござります、ハイ/\其は御存知で、ハイ有り難うござります、何様いふ筋で喧嘩をいたしましたか知りませぬが大それた手斧[チョウナ]なんぞを振り舞はしましたそうで、左様[ソウ]きゝました時は私[ワタクシ]が手斧で斫られたやうな心持がいたしました、め組の親分とやらが幸ひ抱き留めて下されましたとか、まあ責めてもでござります、相手が死にでもしましたら彼奴[アレメ]は下手人[ゲシュニン]、わたくしは彼[アレ]を亡くして生きて居る瀬はござりませぬ、ハイ有り難うござります、彼[アレ]めが幼少[チイサイ]ときは烈[ヒド]い虫持[ムシモチ]で苦労をさせられましたも大抵ではござりませぬ、

幼児の病気を「虫」といったため、「虫持」とは「病弱な子」という意味です。

ということで、この続きは……

また明日、近代でお会いしましょう!

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