見出し画像

#1235 昔から軍人と記者は嫌われていた

それでは今日も尾崎紅葉の『三人妻』を読んでいきたいと思います。

余五郎は、伝内とは別に探偵させようと山瀬を招き、新聞を見せます。すると一読して、この文面はお才と菊住に間違いないと言います。お才は芸者を勤めている頃から浮いたことをする女ではなかったが、菊住とは心から切れているわけではなく、こちらが苦肉のはかりごとで陥れたわけで、このたび焼け木杭に火がついたのではないか。余五郎は不興な顔をして、自分とは外面だけで、内実は菊住と楽しめと粋立てした覚えはない。しかしこれしきのことで腹立てる自分ではない。ずいぶん穏便に済ますべし。ともかく実否をつきとめ、新聞社へ手を廻して確かなるところを探らせたまえ。

山瀬は再び新聞を取上げ、此[コノ]社の記者には通伝[ツテ]あれば、少許[スコシバカリ]握らすれば、雑報外[ザッポウガイ]の詳報[ショウホウ]をも齎[モタラ]すべし。小新聞の記者といふものは、羽二重[ハブタエ]ごろつきの一種にして、文字を読得[ヨミウ]る無頼漢[ナラズモノ]なり。ニ三十円の給金は人力車[クルマ]と花牌[ハナ]との代[シロ]にも足らざれば、小人[ショウジン]銭無くして不善を為[ナ]すの譬[タトイ]、陰事[インジ]を訐[アバ]きて脅迫[ユスリ]を働き、芝居に出入[デイリ]して三階座主[ザモト]に諛[ヘツラ]ひ、茶屋、待合、女郎屋、芸者屋に往来して、頼まれもせぬに彼此[カレコレ]周旋がましき事して銭[ゼニ]を獲[ウ]るなど、彼等が内職の本職なれば、麝香[ジャコウ]臭き紙の、ちと大判[オオバン]なるを一枚も見せたらば、善事[ヨキコト]は知らず、悪事といふ悪事は、草を分け、土を掘りても捉へ来[キタ]らざる事はあるまじ。頼めば中には妾の世話する男もあるよしと語りけり。
牛込の奥のさる差配は、陸軍士官と新聞記者に限りて、五円の店[タナ]を十円にても貸さヾるよし。此[コノ]理由[ワケ]を問へども語らず、性来[セイライ]好かぬゆゑとのみいへり。
之を余所[ヨソ]の大屋[オオヤ]に尋ねしに、軍人は夜中[ヤチュウ]二階より屋根へ溺[イバリ]する由。さる国家の干城[カンジョウ]のあることをおもへば、山瀬はいひし如き新聞記者もあらむかし。

剣とペン……昔から軍人と記者って嫌われてたんですねw

山瀬は配下の伴頭[バントウ]を使ひて、彼[カノ]新聞社の雑報主筆なる某[ナニガシ]に賄[マイナ]ひ、「帰咲隅田桜[カエリザキスミダノサクラ]」の虚実を糺[タダ]せしに、御菓子料[オンカシリョウ]の多分なる効験[キキメ]は、余聞[ヨブン]までも悉[クワ]しう探りて聞かせぬ。
山瀬は此儘[コノママ]を注進するに忍びず、即刻白鬚へ車を飛ばしてお才を訪[タズ]ねければ、思ひ懸けぬお方の御入来[オイデ]、と奥の客間に請[ショウ]じ、今日はいづれへ御成[オナリ]の御道筋[オミチスジ]といへば、山瀬は勿躰臭[モッタイクサ]く、内々お話申度事[モウシタキコト]ありて、態々[ワザワザ]参りたるが、此[コノ]座敷にては不都合なれば、二階へとの注文。

ということで、この続きは……

また明日、近代でお会いしましょう!

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?