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#1520 親分!馬鹿め!放して!馬鹿め!親分!馬鹿め!放して!

それでは今日も幸田露伴の『五重塔』を読んでいきたいと思います。

木を切る音、鉋で削る音、孔掘る音に釘打つ音の響き忙しく、木っ端は木の葉のように翻り、おが屑は晴天の雪のように舞う、にぎやかな感応寺境内。のみを砥ぐ爺や道具探しにまごつく童、しきりに木を挽く日雇い、そのなかに総棟梁ののっそり十兵衛。ここをどうして、そこにこれだけと、仕事の監督として指図命令。仕様を書いて示し、彫物の絵を描いてやっているところへ、いのししよりも速く飛び込んで来る清吉。忿怒の形相で目を一段見開き、「畜生、のっそり、くたばれ!」と研ぎ澄ました釿を打ちおろします。左の耳をそぎ落とされ、肩先を少し切り裂かれ、なお踏み込んで打って来るのを逃げ、身を翻したはずみで踏み抜く五寸釘。なおも釿を振りかぶる清吉に「馬鹿め」と叫ぶ男。丸太で脛をなぎ倒し、起きようとする清吉の襟元をとって、「やい俺だ!血迷うな!この馬鹿め!」とぬっと出す顔は、睨みと怒りの形相。

やあ火の玉の親分か、訳がある、打捨[ウッチャ]つて置いて呉れ、と力を限り払ひ除けむと踠[モガ]き焦燥[アセ]るを、栄螺[サザエ]の如き拳固で鎮圧[シズ]め、ゑゝ、じたばたすれば拳殺[ハリコロ]すぞ、馬鹿め。親分、情無い、此所[ココ]を此所を放して呉れ。馬鹿め。ゑゝ分らねへ、親分、彼奴[アイツ]を活[イカ]しては置かれねへのだ。馬鹿野郎め、べそをかくのか、従順[オトナシ]く仕なければ尚[マダ]打[ブ]つぞ。親分酷[ヒド]い。馬鹿め、やかましいは、拳殺[ハリコロ]すぞ。あんまり分らねへ、親分。馬鹿め、それ打[ブ]つぞ。親分。馬鹿め。放して。馬鹿め。親分。馬鹿め。放して。馬鹿め。親。馬鹿め。放[ハナ]。馬鹿め。お。馬鹿め馬鹿め/\/\、醜態[ザマ]を見ろ、従順[オトナシ]くなつたらう、野郎[ヤロウ]我[オレ]の家[ウチ]へ来い、やい何様[ドウ]した、野郎、やあ此奴[コイツ]は死んだな、詰らなく弱い奴だな、やあい、誰奴[ドイツ]か来い、肝心の時は逃げ出して今頃十兵衞が周囲[マワリ]に蟻のやうに群[タカ]つて何の役に立つ、馬鹿ども、此方[コッチ]には亡者[モウジャ]が出来かゝつて居るのだ、鈍遅[ドジ]め、水でも汲んで来て打注[ブッカ]けて遣れい、落ちた耳を拾つて居る奴があるものか、白痴[タワケ]め、汲んで来たか、関ふことは無い、一時[イチドキ]に手桶の水[ミズ]不残[ミンナ]面[ツラ]へ打付[ブツケ]ろ、此様[コンナ]野郎は脆く生[イキ]るものだ、それ占めた、清吉ッ、確乎[シッカリ]しつかりしろ、意地の無[ネ]へ、どれ/\此奴[コイツ]は我[オレ]が背負つて行つて遣らう、十兵衞が肩の疵は浅からうな、むゝ、よし/\、馬鹿ども左様なら。

というところで、「その二十五」が終了します。

さっそく「その二十六」を読んでいきたいと思うのですが……

それはまた明日、近代でお会いしましょう!

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