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#1250 後編第二十章は、お才が余五郎からの急な呼び出しで染井に出掛けるところから……

それでは今日も尾崎紅葉の『三人妻』を読んでいきたいと思います。

今日から「後編その二十」に入ります!それでは早速読んでいきましょう!

(二十)染井の寮(上)
一月の二十二日の朝[アシタ]、椽[エン]の日影に列[ナラ]べたる二盆[フタハチ]の梅は、枝頭[シトウ]に開[ヒラ]かぬ花も無く、垣根の霜柱[シモバシラ]消えて、鳥の囀[サエズリ]は春めけども、寒風[サムカゼ]の空に大凧[オオダコ]のうなり遠く響きて、九時頃と覚しきに、お才は未だ閨[ネヤ]を出[イ]でず、先刻[サキノホド]新聞を取寄せけるが、読みてから又[マタ]睡[ネイ]りぬ。
伝内は為[ナ]す事も無き閑[ヒマ]の身に、無性[ブショウ]ものも朝湯[アサユ]にと門[カド]の出合頭[デアイガシラ]、馬車を飛ばして来[キタ]るは、本家の執事の一人[イチニン]永田某[ナニガシ]なり。
伝内は見るより恭[ウヤウヤ]しく一礼すれば、永田は帽[ボウ]を取りて、旦那様は最早お目覚[メザメ]か。急の御用ありて参りたれば、此[コノ]由[ヨシ]を取次[トリツ]がれよとあれば、伝内畏[カシコ]みて客間に請[ショウ]じ、お仲はかくとお才に告ぐれば、本家より執事の使ひとは、什麼事[イカナルコト]か、更に心当りはあらざれど、もしや御前[ゴゼン]が急の思付[オモイツキ]にて、正月の催[モヨオ]しでもある事か。薄々はそんな話もありしが、と手早くしても嗽[ウガイ]手水[チョウズ]から衣服[キモノ]着更[キカ]ふるまで、小一時間も待たせてやう/\立出[タチイ]づれば、永田は煙草すはぬ男、手炉[テアブリ]を抱えて肩を聳[ソビヤ]かし、寒さうな、退屈さうな顔して控へけるが、裀[シトネ]を下りて慇懃なる挨拶了[オワ]り、御前[ゴゼン]は今朝ほど染井の御別荘へ御越[オコシ]ありて、後[アト]より貴嬢[アナタ]をおつれ申せとの御用を、私[ワタクシ]承まはりて罷出[マカリイ]でましたれば、直様[スグサマ]御仕度をとは、はて何の用やら合点行[ユ]かず。御用の趣[オモムキ]はと問へば、私[ワタクシ]も一向存じませぬが、猟銃を御持参あそばしたれば、大方[オオカタ]小鳥狩[コトリガリ]の御遊戯[オナグサミ]と聞けども、まだ腑に落ちずして思案するを、永田は傍[ソバ]より、御存じの通り短気の御前[ゴゼン]なれば、時刻晩[オソ]なはらば、私[ワタクシ]がお譴責[シカリ]をうけまする。馬車も待たせたれば直様[スグサマ]御随伴[オトモ]と促[セ]きたてられ、今日は午後[ヒルカラ]菊住に逢ふ約束を、飛[トン]だ御用に邪魔されて、腹は立てども美しく衣飾[キカザ]りて、わざと素顔に結び髪[ガミ]、しづ/\と玄関に出[イデ]たる姿には、敵[カタキ]伝内の心も和[ヤワラ]ぎぬ。

ということで、この続きは……

また明日、近代でお会いしましょう!

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