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#1020 花々しく斬り死に致す所存でござります!

それでは今日も尾崎紅葉の『二人比丘尼色懺悔』を読んでいきたいと思います。

第二章の「戦場の巻」は、庵の主人である尼の夫である浦松小四郎のはなしのようです。
暁の空に、雪景色。小沢の近くに古い梅の木。低い梢に血が滴る生首が三つ結び付けられ、赤く染まる幹の二股に寄せかける若武者……。鎧の袖の板はちぎれ、草摺の板はほつれ、胴には血のまだら。額から眉を割って斜めをいく切り傷、赤をにじむ眼、うす青む面色。水際まで寄り、氷を破って、我が顔を水鏡に映して見詰め、顔の傷を洗い、辺りをまわして肩呼吸。半身を起き上げた、そのとき、右の太腿にヤリが!骨をも貫いたか!?見れば、小具足をつけた雑兵。「下郎!推参な!」……しかし、相手は一言も返さず、矢声高く切り下ろす。太腿に刺さったヤリを抜き取り、敵の胸板めがけて投げつけるが、体をひねって、斬り掛ってきます!つけいる若武者の切っ先を受け損じ、右の肩のはずれを割りつけられますが、すかさず二の刀で細首を打ち落とします。そんなとき、手綱を激しく搔い繰る音が!はたして敵なのか……味方なのか……。やってきたのは、白栗毛の馬で駆け来る武者!褐色の鎧に、獅子頭の前立物に、金の鍬形!小四郎に気づかず通り過ぎるところを後ろから、「浦松小四郎守真なり!御不足ながら御相手仕らむ!」……武者は、こちらを篤と見て、「やー小四郎か!」、なんと武者の正体は伯父上です!伯父上に傷の治療をしてもらっていると、突然、弾丸の音が響きます!

守真[モリザネ]むくと首をあげて其方[ソナタ]の空を睨[ネ]め。ふり向く顔と武重[タケシゲ]の顔。
⦅計[ハカ]らざる処にて見参[ケンザン]致し今はの際[キワ]の喜悦[ヨロコビ]……⦆
⦅はッ此[コレ]より戦場へ引返[ヒッカエ]し……花々しく斫死[キリジニ]致す所存でござります⦆
⦅いゝ所存-いゝ覚悟。さりながら御身[オンミ]が勢[セイ]は無残な敗軍……あレ……あレ見方が揚[アガ]る鯨波[トキノコエ]。今御身が取[トリ]てかへし。一働[ヒトハタラ]きとは天晴[アッパレ]……義の潔[イサギ]よしとする処なれど。累卵[ルイラン]を以て大石[タイセキ]の喩[タトエ]。

「累卵」とは、卵を積み重ねること、きわめて不安定で危険な状態のたとえです。

御身一人次[ツ]ぐ味方もなく。群がる敵へ斫込[キリコン]で。三面六臂[サンメンロクピ]の目ざましい働きをした処が。急に味方の勝利になるではなし。言はヾ犬死[イヌジニ]……ましてかけ退[ヒキ]も不自由な重手[オモデ]をうけて居ながら……余りといへば無謀な量見[リョウケン]……如何なる怪我で。名もなき下郎に首級[シルシ]を揚げらるゝやも知れ難い。合戦は今日一日に限るではなし。十分手当をして。英気[エイキ]を養つた其上[ソノウエ]で。存分[ゾンブン]の働きをしやれ。何時[ナンドキ]でも一命[イチメイ]は捨らるゝ。一先[ヒトマズ]拙者の館へ立越[タチコ]え。ゆる/\手疵[テキズ]の療治[リョウジ]を……のゥ小四郎⦆

ということで、この続きは……

また明日、近代でお会いしましょう!

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