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#576 キイちゃんが、うっかり持ってきちゃった雑誌

それでは今日も山田美妙の『花ぐるま』を読んでいきたいと思います。

第六回は、ある家の居間の様子から始まります。かなり古びた家の居間には、おそらく船宿から出た売り物を入札して得た、大きく立派な長火鉢があります。その火鉢にかかっている鉄瓶は、いつかの工芸共進会に出ていた代物のようです。置いてある手拭いは、近所の呉服屋の開店の景品のようです。

悪口を色々に言へばまづ前のとほりですが、しかし全体から之[コレ]を推[オ]せば其処[ソコ]に居る人の身粧[ミナリ]といひ、まづ中等です、决[ケッ]して下等ではありません。例の火鉢をひかへて上座[ジョウザ]に居るのは六十近い天窓[アタマ]の滑[ナメラカ]な老人で、またその此方[コチラ]に居るのはその妻と見へる五十すこし上の老女で、そのまた此方[コチラ]の洋燈[ランプ]にむかッて毛糸を編んで居るのは十七八歳の娘です。
何か前から語続[カタリツヅ]けた事を二人ハ進ませて居ます。「それにしても阿久米[オクメ]だ」、老人が言ひました、「遅いでは無いか、大層[タイソ]帰りが」。
「左様[ソウ]ですよ」、返したのは老女です、「何かごた/\言ッて居るのでしやうが」。
「こまるでハ無いか、あの子の気儘[キママ]なのにも。女に学問はそれだからいけないて」。

こういうセリフを聞くと、二葉亭四迷の『浮雲』を思い出してしまいますね。

挨拶は為[セ]ずに老女ハ後[ウシロ]をふりかへり、毛糸をあんで居る娘をながめ、
「雪[ユキ]、もウ何時?」
「まだ…只今七時をうちましたばッかりで」。
また老人は眉を寄せ、
「どうも今時の女の子ハ気がつよくッて…夜歩行[アル]くのも全[マル]で平気だ」。
「まさか。用が手間取[テマド]れたのでしやう」。
老女はおだやかにあしらッて居ます。
その内に戸外[オモテ]に車が留[ト]まる音がして、やがて「たゞ今といふ声を先へ立てゝ入[ハイ]ッて来たのは例の力造の車へ乗ッて来た処女[オトメ]です。
「おや御帰りなさいませ」。阿雪[オユキ]は丁寧に挨拶します。
老人夫婦は首をめぐらして、今帰ッて来た処女[オトメ]をみかへれば、意外、阿喜代[オキヨ]といふ者をつれて居ます「おや阿久米[オクメ]かえ。喜代[キイ]ちやんをどうして?」
二人そろッて問掛[トイカ]けると、その阿久米とか言ふ処女[オトメ]は「今」と言ッたばかり、頭巾を手早く外して下にすわり、
「他[ホカ]のことは後[アト]で申しましやうが、この喜代[キイ]ちゃんを早く家[ウチ]へ届けやうぢやございませんか。嘸[サゾ]心配して居ましやうから」。
「なぜ、迷児[マイゴ]にでも」。老女が目を円[マル]くしました。「はア、為[ナ]ッて、あの何ですよ、矢来町で泣いて居ましたの」。
阿雪[オユキ]を見て声を更[カ]へ、
「雪、一途[イッショ]に行ッて御呉[オク]れで無いか、妾[アタシ]と、弓町まで、この子を送届[オクリトド]けに」。
直[スグ]に立上[タチア]がッて阿雪に提燈[チョウチン]をつけさせ、支度もそこ/\深切[シンセツ]に阿喜代の手を取ッて出て行[ユ]かうとして、見れば阿喜代が手に一部の雑誌を迂闊[ウッカリ]として持ッて居ますので一寸[チョット]おどろきました。

いよいよ第六回のタイトルと繋がりましたね!

ということで、この続きは…

また明日、近代でお会いしましょう!

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