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#593 ああ美人!それでこそ美人!

それでは今日も山田美妙の『花ぐるま』を読んでいきたいと思います。

第九回は、浅草の年の暮れの様子から始まります。歳の市の賑わい…蕎麦屋も、子供も、せわしない様を見せています。植木屋も煮豆屋も貸本屋も皆忙しくしているなか、休みが近くなった書生だけは暇を持て余しています。本郷真砂町をぶらぶら歩いている力造さん。衣服もベラベラで、古びた帽子を目深にかぶっています。どうやら、先日乗せた女性の家を探しているようで、目星をつけた家の表札を見ると、自分の学校の先生と同じ名前「杉田」と書かれています。力造さん、みぞおちをえぐられるような胸騒ぎを覚えます。垣根ごしに庭の方を覗き込むと…

注込[ソソギコ]む。同時に見えたのは庭の中に居る二九に些[スコ]し足らぬ美人です。

「二九」とは、2かける9で「18」という意味です。

無論通り過ぎがての観察、また野暮な力造の眼、それ故[ユエ]に委[クワ]しくハ見尽くしもしませんが、しかし作者が力造に代[カワ]ッて之[コレ]を通弁[ツウベン]すれば、その後[ノチ]力造の眼の奥に中々消えて仕舞[シマ]はなかッたのはその美人の襟元とすこし後ろがゝッた頬[ホホ]の辺[ヘン]です。さしぬけた薄色の襟元に肉の緊括[シマリ]をゆたかに取合[トリア]はせた頬の加減は直[スグ]な処[トコロ]に得[エ]も言はれぬ曲線を括寄[ククリヨ]せた自然の配剤[ハイザイ]で、そして黄薔薇[キバラ]の簪[カンザシ]がさも臆病らしく顫[ワナナ]くありさま、脚の張金[ハリガネ]までが多情の恨[ウラミ]の種になります。形は新らしくは有りませんが、しかし流行[ハヤリ]ハ流行、薄唐松[ウスカラマツ]の小紋[コモン]の上着に古代更紗[コダイサラサ]をうつした白勝[シロガチ]の下着をあしらッたその渋さ、その高尚[ケダカ]さ!それで庭の早咲[ハヤサキ]の梅を折ッて居ます。つれない枝の剛強[カタクナ]!

「古代更紗」とは、室町末期から江戸時代にかけて南蛮から日本にもたらされたといわれる更紗のことで、古渡[コワタリ]更紗ともいわれます。

足に力を催[モヨオ]せば、緋[ヒ]の絞纈[コウケチ]の長襦袢は空色の裾まはりを見せ貌[ガオ]にやゝ影を洩[モ]らし、また意気地無ささうな風織[カザオリ]ちりめんの帯上[オビアゲ]は濃鳩羽襦珍[コイハトバジュチン]の帯の地面にわびずまひをして居る、その偶然の乱れ工合[グアイ]のおもしろさ!

「纐纈」は、奈良時代から続く絞り染めで、糸や紐で布をくくったり,縫糸をしごいたりして染液に浸し,水洗いや乾燥ののちその糸や紐を解いて模様を表わす技法です。

「風織縮緬」は、横糸に強い撚[ヨ]りをかけた生糸2本を織り、次に撚りをかけていない生糸4本を織り込んだ縮緬のことです。

「濃鳩羽襦珍」とは、黒みがかった薄い青緑色のことを鳩羽色といい、その色糸で模様を織り出した襦子地[シュスジ]のことです。

あゝ美人、それでこそ美人。「なぜ折れぬか」と呟[ツブヤ]いたらしい有様で些[スコ]し手荒く枝を動かせばいつか袖は捲[マク]れて白玉[ハクギョク]の双手[モロデ]は腕の辺[ヘン]まで顕[アラワ]になッて ー 己[オノ]れ悩殺!
枝から飜落[コボレオ]ちる塵[チリ]にやゝ顔を背けて居て、しかも目を細くして…

それにしても、通り過ぎる瞬間で、よくここまで観察してますね!w

ということで、この続きは…

また明日、近代でお会いしましょう!

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