見出し画像

#270 こっそり窺おうとする守山くん

今日も坪内逍遥の『当世書生気質』を読んでみたいと思います。

第十八回は、風俗改良の良否について論じられるところから始まります。風俗の違いこそ、人情の違いであり、例えば衣装は、見る人の心を動かし注意をひくためのものではなく、見る人の心持ちを不快にさせないためのものである。日本下駄を不便利だといい、無闇に洋帽をかぶったりするのは、野暮天であるといいます。粋な人の服装とは、必ずしも高価ではなく、どことなく嫌味気が少ないものだと言います。柄に合わない衣服を着るのは、醜いものの一つであり、どうやら、今回の主人公は、その種類の人間のようでして、ひとりは二十あまりの女性、もうひとりは四十あまりの女性です。ふたりは、お常さんの住んでいる家に、尋ね人の件でやってきます。ふたりは座敷へと通されまして、お常さんに自身の身元を紹介します。それによると、若いほうは、あの顔鳥で、本名を水野民といい、年増のほうは、お秀さんのようです。ふたりがお常さんに来訪の理由を説明すると、奥の間から、守山くんのお父さんが現れます。いよいよ生き別れた親子が対面するわけですが、顔鳥は、まず、これまでの自分の人生を語り始めます。そして、例の短刀を差し出したところ、これは守山くんのお父さんが、母親の守り刀を妻にあげたものであることがわかり、これによって、ふたりは親子であることがはっきりとし、涙の再会となります。そんなタイミングで、守山くんと倉瀬くんが、お常さんの宅を訪れます。守山くんが玄関で下女を呼ぶと…

下女「ハイ。」トいひつつ台所より立[タチ]いで、
下女「オヤいらっしゃいまし。先刻からおとっさまがお待兼[マチカネ]で。」
友芳「誰かお客があるかい。」
下女「ハイ。たしか吉原の。」
友芳「エ。」
下女「大層別品[ベッピン]さんでございますヨ。ホホホホ。」
友芳「エ。それぢゃもしや角海老の。」
下女「よッく御存じでございますネエ。アノそれでございますヨ。」
倉「オヤオヤそれぢゃア何だネ。」
友芳「モウ広告を見たのかしらん。」
下女「たしか新聞の事で参つたさうでございます。只今[タダイマ]守山さまがその女中にお逢[アイ]なさるところでございます。」
倉「そいつア奇妙だ。早くあがつてみたまへ。」
友芳「マア待[マチ]たまへ。それではと、オイお清[セイ]さん。おれの来た事は奥へはしらせんで、そっと台所から通してくれ。少しおれの方に考へがあるから。」
下女「ハイハイ承知いたしました。それぢゃア此方[コッチ]からおあがんなさいまし。」
友芳「倉瀬君。こちらからきたまへ。少し蔭にゐて様子を見るから。」
倉「こいつア面白くなつて来たぞう。」ト倉瀬は芝居でもする気になつて、頻[シキリ]に独[ヒトリ]で面白がり、守山友芳の後[アト]について、下女の案内に随ひつつ、台所より奥に通る。
この奥の間といふは、即ちお常が居間と思[オボ]しく、押入ありて床の間なし。近頃新[アラタ]に買求めたといふ箪笥[タンス]、一方の壁に対して立ち、今脱捨[ヌギス]てたといふ銘仙[メイセン]の半纏[ハンテン]、衣架[イコウ]の片隅にぶらさがれり。『絵入新聞』の読殻[ヨミガラ]は、綺麗に綴合[トジアワ]せて、『歌舞伎新報』の合本[ガッポン]と重なり、木地[キジ]の針箱と相並びて、箪笥の上に安置せらる。長火鉢の辺猫[ネコ]ここちよげに眠り、三味線懸るところ鏡台燦然[サンゼン]として存す。

ということで、この続きは…

また明日、近代でお会いしましょう!

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集