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#1497 世間はお前を「恩知らずめ!義理知らずめ!人情解せぬ畜生め!」というは必定!

それでは今日も幸田露伴の『五重塔』を読んでいきたいと思います。

十兵衛の妻・お浪は、源太の提案を断った十兵衛に対して言います。「並のものには出来ない親切の相談を、『イヤでござりまする』とはあまりなる挨拶。ひとの情けをまるでわからぬ土人形でもこうは言うまい。親方様があれほどに、あなたこなたのためを図って、たいていではないお情けをかけてくだされ、仕事をわけてやろうと、身に染みるほどありがたいご親切のご相談、わざわざお出でなってのお話、それを無にして勿体ない。イヤでござりまするとは冥利の尽きたわがまま勝手、この私の今着ているのも、寒そうにしているのを気の毒がられたお吉様(源太の妻)が下されたのとは、そなたの眼には映らぬか。どこまでも弱い者をかばって下さる情け深い分別にも寄り縋らず、一概に『イヤじゃ』とは、たとえ心底からイヤにせよ、物覚えのある人間の口から出せた言葉でござりまするか」。さらに、お浪はつづけます……。

親方様の手前お吉様の所思[オモワク]をも能く篤[トック]りと考へて見て下され、妾[ワタシ]はもはや是[コレ]から先[サキ]何[ド]の顔さげて厚ヶ間敷[アツカマシク]お吉様の御眼にかゝることの成るものぞ、親方様は御胸の広うて、あゝ十兵衞夫婦は訳の分らぬ愚者[オロカモノ]なりや是も非もないと、其儘[ソノママ]何とも思[オボ]しめされず唯[タダ]打捨[ウチステ]て下さるか知らねど、世間は汝[オマエ]を何と云はう、恩知らずめ義理知らずめ、人情解[ゲ]せぬ畜生め、彼奴[アレメ]は犬ぢや烏ぢやと万人の指甲[ツメ]に弾かれものとなるは必定、犬や烏と身をなして仕事を為[シ]たとて何の功名[テガラ]、慾をかわくな齷齪[アクセク]するなと常々[ツネヅネ]妾[ワタシ]に諭された自分の言葉に対しても恥かしうはおもはれぬか、何卒[ドウゾ]柔順[スナオ]に親方様の御異見について下さりませ、天に聳[ソビ]ゆる生雲塔[ショウウントウ]は誰々[ダレダレ]二人で作つたと、親方様と諸共[モロトモ]に肩を並べて世に称[ウタ]はるれば、汝[オマエ]の苦労の甲斐も立ち親方様の有難い御芳志[オココロザシ]も知るゝ道理、妾[ワタシ]も何[ド]の様に嬉しかろか喜ばしかろか、若[モ]し左様[ソウ]なれば不足といふは薬にしたくも無い筈なるに、汝[オマエ]は天魔[テンマ]に魅[ミイ]られて其[ソレ]をまだ/\不足ぢやとおもはるゝのか、嗚呼情無い、妾[ワタシ]が云はずと知れてゐる汝[オマエ]自身の身の程を、身の分際を忘れてか、と泣声[ナキゴエ]になり掻口説[カキクド]く女房の頭[コウベ]は低く垂れて、髷[マゲ]にさゝれし縫針の孔[メド]が啣[クワ]へし一条[ヒトスジ]の糸ゆら/\と振ふにも、千々[チヂ]に砕くる心の態[サマ]の知られていとゞ可憫[イヂラ]しきに、眼を瞑[フサ]ぎ居し十兵衞は、其時例の濁声[ダミゴエ]出[イダ]し、喧[ヤカマ]しいはお浪、黙つて居よ、我[オレ]の話しの邪魔になる、親方様聞て下され。

生雲塔は、感応寺の五重塔が完成したときにつける予定の名称でしょうね。

というところで、「その十四」が終了します。

さっそく「その十五」を読んでいきたいと思うのですが……

それはまた明日、近代でお会いしましょう!

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